この条件でこの時期だと3年目になる第51回ゴールドカップ。今野忠成騎手が負傷したため,サイオンは佐藤博紀騎手に変更。
好発のナイキマドリードが内に切れ込みながらまずは先頭に。この影響で不利を被ったように見えたメイショウパーシーですが,正面に入ると外からナイキマドリードを交わして,逃げに持ち込みました。ケンブリッジエルとロビンフットも続き,ナイキマドリードは4番手に。サイオンとブラゾーハリーが続いてさらにスマートジョーカー。そしてタマモスクワート,ジョーメテオという隊列に。ハイペースでした。
向正面でタマモスクワートが上昇の構えをみせると,その後ろからジョーメテオも動きました。結果的にコーナーではジョーメテオの方が捲りきる形になり,先頭で直線に向くと差をさらに広げていき,2馬身半差で優勝。メイショウパーシーを交わしたサイオンの外に先に動いたタマモスクワートが追いすがり,ゴール前で交わして2着。アタマ差の3着にサイオン。
優勝したジョーメテオはこれが南関東重賞初制覇。今年の7月にJRAから浦和に転入してきた馬。南関東重賞を勝つだけの能力があることは転入当初から示していましたが,どうも乗り難しいところがあるようで,その点がネックとなっていました。今日はうまくいきましたが,安定して能力を発揮できるとはいい難い面は残っているように思います。距離はこのくらいが最適で,あまり長くなるのはマイナスにしかならないのではないでしょうか。父はネオユニヴァース。叔父に1999年の函館記念,2000年の中山金杯と小倉大賞典を勝ったジョービッグバン。祖母の弟には1993年のきさらぎ賞を勝ったツジユートピアン。Meteorは隕石。
騎乗した大井の坂井英光騎手は昨年8月のアフター5スター賞以来となる南関東重賞制覇。ゴールドカップは初勝利。管理しているのは南関東リーディングを独走中の浦和の小久保智調教師で,ゴールドカップ初勝利。
妻がすでに七回忌を終えているということ,また曾孫がいるということからお分かり頂けるでしょうが,N伯父はかなりの高齢です。ですから癌があったとしても,それが後の死因となるまで進行したかどうかは僕には疑問の余地があります。しかしN伯父は手術に踏み切りました。妻の七回忌のときも,9月のK伯母の三回忌のときも,N伯父は参列していましたから僕も顔を合わせていました。そしてそのときにはそういった兆候を何も感じませんでした。大腸癌の発見を告知されたのがいつであったのかは僕は知りませんが,手術に耐えるだけの体力があったであろうことは,僕には間違いがないことのように思えます。また,そうでなければ診断した医師の方も,手術を勧めたりはしなかったであろうと思います。
実はこれらのことは,事後になって知らされたことでした。つまり僕たちはN伯父に大腸癌が見つかったことはもとより,手術したことも入院したことも知らなかったのです。N伯父は入院するまで,汐見台でひとりで暮らしていましたが,N伯父単独の決断で手術したり入院したりすることは不可能ですから,おそらく息子夫婦が世話をしたものと思います。そしてそのことが僕たちに,というか僕たちだけではなく,ほかの親戚にもこれは秘匿されていたのですが,そうなった理由は,大腸癌が早期のものであり,手術をすれば必ず回復するので,その後で伝えてもよいであろうとの判断があったためであろうと推測します。
その日がいつであったのかも不明なのですが,実際にその手術自体はうまくいったようなのです。ところがその後で大変なことになりました。予後が非常に悪かったのです。といいますか,事前に想定はされていたことのうちで,最悪に近い事態が生じてしまったといえるでしょう。
癌の手術ですから,全身麻酔です。全身麻酔というのは人間の身体に負担をかけます。ほとんどの場合はそれでも何の問題も起きませんが,不測の事態が生じる可能性はどんな場合にも皆無ではありません。ですからこうした手術の前には,本人や家族に対して,その可能性に関する説明が医師から与えられます。僕も父のときに,そうした説明を受けました。
好発のナイキマドリードが内に切れ込みながらまずは先頭に。この影響で不利を被ったように見えたメイショウパーシーですが,正面に入ると外からナイキマドリードを交わして,逃げに持ち込みました。ケンブリッジエルとロビンフットも続き,ナイキマドリードは4番手に。サイオンとブラゾーハリーが続いてさらにスマートジョーカー。そしてタマモスクワート,ジョーメテオという隊列に。ハイペースでした。
向正面でタマモスクワートが上昇の構えをみせると,その後ろからジョーメテオも動きました。結果的にコーナーではジョーメテオの方が捲りきる形になり,先頭で直線に向くと差をさらに広げていき,2馬身半差で優勝。メイショウパーシーを交わしたサイオンの外に先に動いたタマモスクワートが追いすがり,ゴール前で交わして2着。アタマ差の3着にサイオン。
優勝したジョーメテオはこれが南関東重賞初制覇。今年の7月にJRAから浦和に転入してきた馬。南関東重賞を勝つだけの能力があることは転入当初から示していましたが,どうも乗り難しいところがあるようで,その点がネックとなっていました。今日はうまくいきましたが,安定して能力を発揮できるとはいい難い面は残っているように思います。距離はこのくらいが最適で,あまり長くなるのはマイナスにしかならないのではないでしょうか。父はネオユニヴァース。叔父に1999年の函館記念,2000年の中山金杯と小倉大賞典を勝ったジョービッグバン。祖母の弟には1993年のきさらぎ賞を勝ったツジユートピアン。Meteorは隕石。
騎乗した大井の坂井英光騎手は昨年8月のアフター5スター賞以来となる南関東重賞制覇。ゴールドカップは初勝利。管理しているのは南関東リーディングを独走中の浦和の小久保智調教師で,ゴールドカップ初勝利。
妻がすでに七回忌を終えているということ,また曾孫がいるということからお分かり頂けるでしょうが,N伯父はかなりの高齢です。ですから癌があったとしても,それが後の死因となるまで進行したかどうかは僕には疑問の余地があります。しかしN伯父は手術に踏み切りました。妻の七回忌のときも,9月のK伯母の三回忌のときも,N伯父は参列していましたから僕も顔を合わせていました。そしてそのときにはそういった兆候を何も感じませんでした。大腸癌の発見を告知されたのがいつであったのかは僕は知りませんが,手術に耐えるだけの体力があったであろうことは,僕には間違いがないことのように思えます。また,そうでなければ診断した医師の方も,手術を勧めたりはしなかったであろうと思います。
実はこれらのことは,事後になって知らされたことでした。つまり僕たちはN伯父に大腸癌が見つかったことはもとより,手術したことも入院したことも知らなかったのです。N伯父は入院するまで,汐見台でひとりで暮らしていましたが,N伯父単独の決断で手術したり入院したりすることは不可能ですから,おそらく息子夫婦が世話をしたものと思います。そしてそのことが僕たちに,というか僕たちだけではなく,ほかの親戚にもこれは秘匿されていたのですが,そうなった理由は,大腸癌が早期のものであり,手術をすれば必ず回復するので,その後で伝えてもよいであろうとの判断があったためであろうと推測します。
その日がいつであったのかも不明なのですが,実際にその手術自体はうまくいったようなのです。ところがその後で大変なことになりました。予後が非常に悪かったのです。といいますか,事前に想定はされていたことのうちで,最悪に近い事態が生じてしまったといえるでしょう。
癌の手術ですから,全身麻酔です。全身麻酔というのは人間の身体に負担をかけます。ほとんどの場合はそれでも何の問題も起きませんが,不測の事態が生じる可能性はどんな場合にも皆無ではありません。ですからこうした手術の前には,本人や家族に対して,その可能性に関する説明が医師から与えられます。僕も父のときに,そうした説明を受けました。