また京都大学が「チンパンジーが互いに協力する協調性を実証した」などと言いだしている
単なる役割分担による協調行動であればテロリストグループでも振り込め詐欺でも見られるものであり、人間性や倫理を立証したわけではない
これに対してマスコミは「凄い」などという主観的感想を述べて業績であるかのように勘違いしているが、エサという報酬に対する反射的行動であることにおいては東京電力の社員達が組織の利益を優先して社会的責任を負わなかったこともまた組織内部の「協調性」の一面であることに違いはない
役割分担といった協調性というのは、テロリストでも詐欺集団でもイジメ差別でも発揮されるものであり、これを短絡的に「凄い」などと形容して知能の論証か何かと勘違いして満足するというのはあまりに短絡的で無責任である
生物学上の「社会性」というのは、あくまで社会を形成する先天的行動習性(バイアス)であり、エサにつられて行動している限り人間性の立証には全くならない
本質的人間性というのは、自己の利益にならなくても、たとえ損害を受ける可能性があろうとも、自律的に社会的責任判断選択を行うことを指すのであり
エサを用いた脳の報酬系が促すあらゆる行動バイアスや習性からは、人間としての社会性は立証不可能なのである
あらゆる「報酬」を放棄してでも自律的に社会的責任判断を行ってこそ、本質的人間性であり。これは「報酬」に対する反射行動では立証不可能だからである
以上が理解できないのであれば、NHKの解説委員や民放の編成局を務める社会的価値はない
テロリストが役割分担などの協調行動を採ったからといって、これを「知能」だと言うことなど出来ないばかりか、むしろ人間としての「知能」を阻害しているのが先天的行動習性なのである
チンパンジーにエサを用いて何をやらせても、本質的な人間性を伴った社会性も知能も立証することは理論的に不可能である
エサを用いた先天的行動習性で人間としての社会性だの知能だのと勘違いしているというのは、あらゆる「人災」の被害者や遺族に対する冒涜であり、無責任な日和見である
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