糞DQNっていうのは 他人に迷惑をかけることによって その場限りに自分が優位に立ったかのような錯覚によって満足しようとする
決して「自らを高めよう」などとは少しも「思わ」ないのだ
「自らを高めよう」とする意思 それが自己肯定感の源であって 大坂なおみは自信がないからこそ過酷な練習にも取り組んできたのである
根拠のない自信に溺れているバカは 他人を蹴落とすことしか頭にない
他人を蹴落とすことでしか 脳が快楽を感じなくなっている中毒症状である
故に糞DQNは攻撃的なのである
大坂なおみが自分を見失っているのは 糞みたいなマスコミの攻撃に感化されたためである
糞DQNは 他人を貶めるため 貶められた人までをも糞DQNへと引きずり込む
そして 「俺と同じじゃねぇか」などという糞DQNの正義を正当化するのである
ヒトの暗黒面というのは 動物的な習性によるものであり 決して理性や主体性にあるのではない
野獣のように目先の情動のままに行動していれば 脳は何の葛藤も苦悩も抱かず 目先の快楽だけを満たして精神的怠惰に陥る
ヒトは 主観的に気持ち良いことを 短絡的に「正しいこと」だと錯覚するため 物事を深く考える理性や自己客観性など働かせない方が楽なのである
ヒトとは そういう残念な生き物なのである
ヒトは 別に「人間になる」ことを目的に進化したわけではない
たまたま人間としての社会的行動選択も可能になっただけのことである
可能ではあるものの 多くのヒトは環境や状況に左右され 簡単に人間としての社会的倫理を喪失するものでもあり
自分が置かれた環境や状況に左右されることなく自律的に物事を検証し 行動選択することで人間性を喪失せずに済むことも可能となる
そのために必要なのは 自分の主観的な感情や根拠のない常識や形式因習に惑わされないことである
既に存在している自己の主観が自己の本質なのではなく
現時点において論理客観的に検証し 判断選択することにおいて本質的自己が論証可能なのであり
既存の自己の本能や価値観に無意識に流されているからこそ 本質的な意識が働かずに間違った行動に陥るのである
虐待を繰り返す親が 本当は望んでもいない虐待に陥るのと同じように ヒトは誰しもが目先の感情によって本当は望んでもいない判断や行動や選択に陥るものなのである
決して虐待を連鎖する親だけが特別に異常なのではなく ヒト全般に見られる脳の先天的欠陥として 真実を見誤るものなのである
何が本当に自分が求めているものなのか それを慎重に 注意深く 冷静に見極める自己客観性を持つことによって 本当は求めていない結果に陥る危険性を回避することが可能となるのである
糞DQNとて 本当は「嫌われ者になりたい」わけではなく
他人を貶めることでしか満足する方法ことが見えなくなっているから 迷惑行為を脱することが出来なくなっているのであり
そういう哀れな「病人」なのである
Ende;