[あらすじ] 東京国立博物館で顔真卿展が有る。
正直言って好きじゃないから書いてこなかった顔真卿だが、
見に行く前に臨書して、知っておきたい。
ここまで、「郭虚己墓志銘」「多宝塔碑」「麻姑仙壇記」と臨書してきた。
碑文などの全部を臨書するのを全臨と言う。
書を始めた頃は、わけもわからずに全臨していたが、
いくつか書いていくうちに、全臨することもないと気付いた。
というのも、なんなら二千年近くも . . . 本文を読む
[いきさつ] もうすぐ、東京国立博物館で顔真卿展が開かれる。 見る前にいくらかでも臨書して、理解とまではいかずとも、触れておきたい。 顔真卿(709-785)の書を、750年の「郭虚己墓志銘」、 752年の「多宝塔碑」と臨書してきた。 急いでいるから、全臨なんかしない。 数ページ食い散らかして次いってみよう、だ。 ※ 顔真卿の書のスタイルを、顔法と呼ぶ。 その中に、蚕頭燕尾(さんとうえんび) . . . 本文を読む
[あらすじ] もうすぐ東京国立博物館で顔真卿展が有る。
その前にいくらかでも臨書して、知見を持っておきたい。
一年自習して一年サボった後なので、筆は重い。
顔真卿(がん しんけい 709-785)の楷書が、
今現在の楷書のお手本になっている。と言っていいのだろう。
私は、書を始めてみてやっと、楷書の成立が遅いことを知った。
なんでも始原を辿りたい癖が有るので、行草をさらりと舐めたら
隷書をやっ . . . 本文を読む
[あらすじ] 毛筆の書を独習し始めたのが二年前。
一年やって、一年サボって、最近再開した。
というのも、年明けに顔真卿の展覧会が東京国立博物館で開催されるからだ。
見に行く前に、臨書しておきたい。
古いのから順にやっつけよう。
顔真卿(がんしんけい:709-785)が、自分の流儀を確立する経過を追ってみたい。
ある本に、郭虚己墓志銘というのを見つけた。
よく知られている、多宝塔碑より三年前の . . . 本文を読む
[いきさつ] 二年前の十月に、今まで敬遠していた毛筆での書を
独習し始めた。
一年間、ほぼ毎日書いたが、ふとしたはずみにサボったら、
次の一年間はほぼ全く書かなかった。
何度か立ち直ろうとしては失敗しつつ、ちょうど一年経った頃から
また、ぽつぽつと書いている。
草書が読めるようになりたい。とか
筆で署名しなきゃならない時に困らずに書けるようになりたい。とか
そんな動機だったっけ。
そのくせ、 . . . 本文を読む
小学1年生から5年生までの間、図工はたしかずっと同じ先生だった。 私自身は絵を描くことも工作をすることも大好きだが、 図工の授業は好きではなかった。 ついでに、その先生が私のことを「ンあっこ」と鼻にかかった発音で呼ぶのがイヤだった。 いや、発音がイヤだったんではなく、「あきこ」なら「あっこ」と呼ぼうという それがイヤだった。 子どもの頃の私は多分いわゆるボーイッシュというやつで、 ボーイッシュと . . . 本文を読む
[あらすじ] 自宅に、端渓が有った。
池のところに梅の彫刻が有るので、あんまり実用的な気がしない。
使ったら洗いにくそうだ。
友だちが、漢字のほうの先生を紹介してくれた。
使ってみろ、と言う。
硯は濡らすと、石が違った表情を表す。
それは是非見てみたい。
しかし、書を能くしたという祖父が使っていたかも分からない物を、
ずぶっずぶの素人の私が汚すわけにもいかない。
「観賞用だと、漆が塗ってあ . . . 本文を読む
[あらすじ] 自宅に、端渓が有った。
まあ、そういえば、知っていた気はする。
以前、見たことが有る気はする。
けれど、その頃は書なんかやっていなかったし、
硯?へー。という程度の気持ちでしか見なかったのだろう。忘れていた。
祖父のこういった遺品は、てっきり、祖母が最後に住んだ大阪の家に在るのだと思っていた。
紫檀の箱を開くと、灰色の硯が収まっていた。
硯に合わせて作ったのだろうか、ぴったり嵌ま . . . 本文を読む
[あらすじ] 家の北側に、地下室がある。
半分は亡父が自分で掘って自分でモルタル壁を作った。
残り半分は業者に入ってもらって、完成させた。
湿気がひどく、保管していた本がカビてしまった。
一昨年、よく見たら、亡父の作った部分から雨漏りがするのだった。
モルタルというより、モロ垂ル壁だ。
ちょいと、一旦話を地下室に戻そう。
漏れる側の壁面に置いていた本箱は、全て撤去してある。
モルタル壁が剥き . . . 本文を読む
根岸の書道博物館に行ってきた。
日本と中国の、歴史的な書家の作品の展示だ。
いっぺんにいろんな人の書を、時代を追って見られる。
6月の終わりから今日まで全4期をそれぞれ1回ずつ見てきた。
入館料は1回500円だが、年間パスポートが800円というのを買った。
2回行ったら元が取れる年間パスポートとは、安い。
もうちょっと取っても良さそうなもんだ。
ヨッ、台東区、太っ腹。
私は、サカノボリ趣味のせ . . . 本文を読む
[あらすじ] 書を独習し始めた。
し始めた。なんて言っておりますがね、
遂に一年経ちました。
最初に墨をおろし筆を持って、「一」なんて書いたのが、
去年の10月11日だった。
そして、11月に入って、鍾繇の宣示表や石門頌や泰山刻石から
臨書を始めた。
※
虞世南(ぐ せいなん 558-638)の書いたとはっきりしているものは、
これくらいしか無いらしい。
碑は唐の太宗皇帝の貞観の初め、629 . . . 本文を読む
[あらすじ] 去年の十月から書を独習し始めた。
中国の昔っから現代の日本に至るまで、
書聖と言ったら王羲之(おう・ぎし)である。
4世紀の人である。
漢字には、隷書だの草書だの行書だの楷書だのと、いろいろの形があるが、
王羲之はどれもよく書いたという。
300年ほどのちの唐の時代、太宗皇帝が非常に王羲之の書を愛し、
収集し、ものによっちゃあ自分の棺に一緒に入れさせたという。
困るね、こういう . . . 本文を読む
玄宗皇帝の「孝経」の臨書は三分の一やって飽きてしまった。
理由は、一見かっこいい字だが単調で退屈してしまったから、なのだが、
もうひとつの理由は、テキストが「孝経」だからだ。
臨書する際には、漢文もしっかり読む。
儒教はどうも肌に合わない。
人と人の上下関係のことばっかり言っているように思える。
内容そのものにも興味を持てないと、臨書が続かない。
とは言え、賀知章の草書「孝経」は全臨したのだから、 . . . 本文を読む
[あらすじ] 去年の十月から書を独習し始めた。
古いほうへさかのぼって臨書する。
行書を始めた。
行書は速く書くためのものだし、筆跡もやわらかい。
だから、石碑にはしないものだった。
それを、初めて碑にしたのは太宗皇帝だった。
行書最古の碑である「晋祠銘」(646年)を臨書しようとしたが、
拓本の状態があまりよろしくない。
初学者の私には難しい。
そこでサラリと中断し、その2年後の「温泉銘」を . . . 本文を読む
[あらすじ] 敬遠してきた毛筆書道を、十月から独習し始めた。
古碑帖を臨書する日々。た…楽しい
隷書だ草書だ楷書だと課題が増えるに任せ、
後回しにしていた行書にやっと辿り着いた。
まず王羲之の興福寺断碑を臨書した。
しかし、王羲之の筆跡のあれこれから一字ずつ集めたものであり、
全体の流れや活き活きとしたものが感じ取れなかった。
だったら手紙でもやりたいもんだ、と思って、
謝安の八月五日帖をやっ . . . 本文を読む