根岸の書道博物館に行ってきた。
日本と中国の、歴史的な書家の作品の展示だ。
いっぺんにいろんな人の書を、時代を追って見られる。
6月の終わりから今日まで全4期をそれぞれ1回ずつ見てきた。
入館料は1回500円だが、年間パスポートが800円というのを買った。
2回行ったら元が取れる年間パスポートとは、安い。
もうちょっと取っても良さそうなもんだ。
ヨッ、台東区、太っ腹。
私は、サカノボリ趣味のせいで、書も中国古代に遡って習っている。
時代を追って、書と政治の関わりも絡め、歴史も含めて勉強するのはともかく、
いちいち書いてみる、ということをしていると、ちぃとも進まない。
二千何百年の歴史は、一年ではさらえない。
おかげで、日本の書はまるで知らない。
そもそも、書を独習し始めた理由のひとつに「かながすらすら読めるようになりたい」
というのも有った気がするが、
かなにまでまだ至らない。
今回、この展示で初めて日本の歴史的な書に接することになった。
中国の書から学んだとは言っても、島国ニッポン、離れているおかげか、
独自の風味を持っていく。そこにかなの発明も絡む。
おもしろい。書いてみたいと思った。
書いてみたいとは思うが、とにかくまだそこまで至らない。
小野道風とか橘逸勢とか藤原のなんとかとか池大雅とか良寛さんとか。
噂には聞いてたけど、やはり名筆である。
その中でも、空海の書には惹きつけられた。
般若心経をいくつも書いているらしい。
その中に「破体心経」というのがある。
破体とは、いろんな書体をごちゃ混ぜにして書いているということだ。
楷書だったり草書だったり隷書だったり行書だったり、とにかくごちゃ混ぜ。
無茶苦茶な手法だけれど、どの書体も書きこなしているから、
自由自在に行き来しているので、違和感が無い。
ただ、なーんとなく、「俺じゃなきゃこんなことできないもんね」
と、自慢している気がする。会ったこと無いけど。
中国篇も、あれこれの拓本を見て、胸が躍った。
どうやらやっぱり、北宋の書が好きらしい。
自身が北宋の四大家の一人である米芾(べいふつ)に言わせれば、
「中唐以降の書は堕落しちゃってダメだよ学ぶところ無いね」なのだが。
ただ、宋の蘇軾だの黄庭堅だのを習おうと思ったら、
やはり中唐の顔真卿をやらなきゃいけない。
順番を踏まないと、わけがわからないことになる。
そんなふうにやりたいことがたくさん有りながら、隷書をまた書いているところだ。
あと、北宋と言えば、書だの芸術だのにうつつを抜かして政治を怠った徽宗がいる。
徽宗独特の、細くて神経質そうな、痩金体と呼ばれた書も見られた。
しかし、4mはあろうかというどでかい石碑の拓本を見ていると、
なんだかやっぱり立派な書であった。
※
書道博物館は、鶯谷の駅からラブホテル街を抜けたところにある。
道は狭く、自動車の通行を止める標識が置いてあった。
「遊戯道路」と書いてあった。
いや、路上ではだれも遊び戯れてはおらんがね。
日本と中国の、歴史的な書家の作品の展示だ。
いっぺんにいろんな人の書を、時代を追って見られる。
6月の終わりから今日まで全4期をそれぞれ1回ずつ見てきた。
入館料は1回500円だが、年間パスポートが800円というのを買った。
2回行ったら元が取れる年間パスポートとは、安い。
もうちょっと取っても良さそうなもんだ。
ヨッ、台東区、太っ腹。
私は、サカノボリ趣味のせいで、書も中国古代に遡って習っている。
時代を追って、書と政治の関わりも絡め、歴史も含めて勉強するのはともかく、
いちいち書いてみる、ということをしていると、ちぃとも進まない。
二千何百年の歴史は、一年ではさらえない。
おかげで、日本の書はまるで知らない。
そもそも、書を独習し始めた理由のひとつに「かながすらすら読めるようになりたい」
というのも有った気がするが、
かなにまでまだ至らない。
今回、この展示で初めて日本の歴史的な書に接することになった。
中国の書から学んだとは言っても、島国ニッポン、離れているおかげか、
独自の風味を持っていく。そこにかなの発明も絡む。
おもしろい。書いてみたいと思った。
書いてみたいとは思うが、とにかくまだそこまで至らない。
小野道風とか橘逸勢とか藤原のなんとかとか池大雅とか良寛さんとか。
噂には聞いてたけど、やはり名筆である。
その中でも、空海の書には惹きつけられた。
般若心経をいくつも書いているらしい。
その中に「破体心経」というのがある。
破体とは、いろんな書体をごちゃ混ぜにして書いているということだ。
楷書だったり草書だったり隷書だったり行書だったり、とにかくごちゃ混ぜ。
無茶苦茶な手法だけれど、どの書体も書きこなしているから、
自由自在に行き来しているので、違和感が無い。
ただ、なーんとなく、「俺じゃなきゃこんなことできないもんね」
と、自慢している気がする。会ったこと無いけど。
中国篇も、あれこれの拓本を見て、胸が躍った。
どうやらやっぱり、北宋の書が好きらしい。
自身が北宋の四大家の一人である米芾(べいふつ)に言わせれば、
「中唐以降の書は堕落しちゃってダメだよ学ぶところ無いね」なのだが。
ただ、宋の蘇軾だの黄庭堅だのを習おうと思ったら、
やはり中唐の顔真卿をやらなきゃいけない。
順番を踏まないと、わけがわからないことになる。
そんなふうにやりたいことがたくさん有りながら、隷書をまた書いているところだ。
あと、北宋と言えば、書だの芸術だのにうつつを抜かして政治を怠った徽宗がいる。
徽宗独特の、細くて神経質そうな、痩金体と呼ばれた書も見られた。
しかし、4mはあろうかというどでかい石碑の拓本を見ていると、
なんだかやっぱり立派な書であった。
※
書道博物館は、鶯谷の駅からラブホテル街を抜けたところにある。
道は狭く、自動車の通行を止める標識が置いてあった。
「遊戯道路」と書いてあった。
いや、路上ではだれも遊び戯れてはおらんがね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます