犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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パスする

2015年09月20日 | LGB&T
[あらすじ] 公衆トイレ、女子トイレに入るとびっくりされる。

おさらいから入ると、
私は生物学的には女性だが、性自認は女性ではなく、かと言って男性になりたい
わけでもない。とか言うわりに恋愛対象は女性。

総合すると、
小柄で華奢なおっさん
ということになる。

身体的にはまるきり女性なので、身長159cm体重53kg。
生理もくれば、気分の変化もある。
ウエストはあんまりくびれちゃあいないが、
ほったらかしではあってもおっぱいはある。

ここんとこが残念なところで、
本人としちゃおっぱいなんか要らない。
産む性と思っていないので、子宮も膣も違和感がある。

けれど、立派に備わっているので、女性ホルモンが出て、
女性らしい体型になる。

見た目がそうであると、女性として見られる。
どんなにおっさんくさい格好をしていても、
最終的には女子トイレで並んでいても、許されるのである。
見た目で女性と判断されるのだ。

裸なら話は早いので、銭湯でも問題になるのは脱衣場に入った瞬間くらいだ。
さっさと脱ぐ。
自分では複雑な思いだらけの身体を、さっさと晒す。
おっぱいは手形になる。

女子トイレに入り、女湯に入る。
じゃあそれが本人の望んだとおりかと言うと、
それもまた曖昧なところだ。

本当だったら、だれでもトイレに入り、
誰もいない女湯に入りたい。

つまりは本人の思いがどうであれ、服装がどうであれ、
言葉使いや立ち居振る舞いがどうであれ、
ひとかわ剥きゃあ女なんである。

男と女じゃ、骨格からして違う。
握手をしてガッカリすることがある。
どう足掻いたって、カムアウトしようが、どっちでもないと叫ぼうが、
どっからどう見たって女じゃないか。

がっちりした男性から見たら、私はちょいときれいな女でしかない。
ではそこをどう通すか。どうやったら女じゃないと思ってもらえるか。
どうしたら、私本人の思いと、ひとの受け取り方を近づけることができるか。



本来の性と異なる性に見えることを、ギョーカイ用語で
「パスする」と言う。

性の境界を越えるという意味でパスなのか、
ひとにも認められるという意味でパスなのか、というと、
どうも後者のように思える。
ひとから見てどうか、ということが肝腎なのだ。



では、「パス度」を上げるためにはどうしたらいいだろう?
いや、男に見られたいわけではないのだから、そもそも「パス」しなくていいのか?
いやしかし、女に見られたくはないのだから、「パス」したほうがわかりやすい?

つづくよ

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