私が読み損ねていた金田一もの一番の大物が、この「悪霊島(上下巻)/横溝正史著」
でした。この本は『金田一事件ファイル』と称された角川文庫版として販売が継続され、
それはまた、各図書館で所蔵されている場合が多いようなので、いつでも読めると
高をくくってしまい、つい後回しにしていたのを、このところの一連の流れに従って、
遅ればせながらようやく着手できることになりました。
今度こそ、これで金田一ものをすべて読み終えたと宣言したいところなのですが、
実はもう一冊だけ抜け落ちている本がありそうなのと、ファイル・シリーズとして
再編され発売されるに際し、旧文庫版とは一部別の編成となったものがあることで、
そのどさくさで読み漏れた短編がいくつかある可能性もあります。なので、これで
95%くらいは網羅できたはず…との控えめな表現にとどめておきますね。
さてこの悪霊島は、ご存じのとおり横溝さんが最後に発表した金田一ものかつ長編
推理小説であり、映画化もされたので、著名な作品のひとつでしょう。それを今まで
読めていなかったのは、当時、横溝作品はその前に発表された「病院坂の首縊りの家
(金田一耕助最後の事件)」でひと段落し、森村誠一、太宰治作品やその他純文学もの
へと嗜好がシフトしていた時期でもあり、興味を失いつつあったことが挙げられます。
もしかしたら、病院坂~が、期待に反し、あまりお気に召さなかったことも
原因なのかもしれません。病院坂~の中身をほとんど忘れてしまっているので、
いずれ読み返さなければ、これははっきりと断定はできないのですが…
横溝さんが最晩年に書かれたこの作品、それを感じさせない、全盛期とほぼ変わらない
熱量溢れる創作姿勢に、まずは驚かされます。しかし、いかんせん説明が過ぎ、文章が
長すぎるきらいはあり、悪く言うと、全般くどすぎるのが欠点でしょうか。もしかして、
脂の乗り切った頃であれば、この半分とは言いませんが、少なくとも四分の三程度の
分量(つまり、上下巻に分けるほどでない範囲)で、収まっていたのでは思われます。
本格的な殺人が上巻の最後でやっと描かれるなど、あまりに焦らせすぎですよねえ。
その前に書かれた「仮面舞踏会」だったかでのご自身の評価で、「書いても書いても
物語が終わらない」との言葉があり、予定していた枚数を大幅に上回ったとのことで、
その頃すでに、余計な注釈などが増えるような傾向があったのかもしれません。文章が
長い割に内容がない、お前が言うかって話なのですが…
しかも中身は、本格推理からは程遠い初期の冒険怪奇ロマンものに近いテイストで、
これにも少々期待を削がれました。手の込んだトリックはほぼ皆無、犯人なども
途中でなんとなく特定できるので、これはいったい横溝さん、何を狙った作品なの
だろうかと、ちょっといぶかしく思ったりもしました。作中金田一は夢にうなされ、
その中で犯人とみなされる顔を見てしまうくだりともなれば、これはすでに論理的な
本格推理とはみなせない、神がかり的な解決で幕を下ろしてしまってオーケーな、
単なるミステリーなのだと思い知らされました。
島、洞窟内の彷徨、シャム双生児等々、江戸川乱歩の「孤島の鬼」へのオマージュ
なのは明らかですし、金田一が全作品中で唯一思いを寄せることになる女性・
早苗さん(「獄門島」のヒロイン)への回想場面、磯川警部が準主役となる役割を
与えられている展開といい、横溝さんが金田一ものの総集編的な位置づけとして
この作品をまとめ上げたのだと仮定すれば、一応の納得をするしかないでしょう。
多くの作品が文庫版として再出版、販売され、それが一大ブームを呼び起こし、
次々映像化されるなどした当時、横溝さんご自身で自作に触れる契機、読み直す
機会が多かったのだと推察されます。作中、私がこの前再読したばかりの短編
「蜃気楼島の情熱」の関連人物が登場することをみても、相当自作を読み込んで
いたことが伺われます。そして、自身と金田一との記憶を重ねるうちに、気に
なってしまった、欠落している部分を補い、決着させるために書き上げたのが
この作品だったのなら、愛読者としてそれを確認する意味はあったと思います。
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