★小保方晴子とスタップ細胞。
桂委員会はスタップ細胞の疑義について、晴子嬢に3度問い質したそうだが、その都度、言う事が違っていたそうだ。
論文に発表されたデータについても、元のデータがない、実験ノートがない、あるいは明らかにデータに矛盾があると指摘すると、自分の勘でやったとか、そして甚だしいのは、実験をしたはずの日は海外出張で日本にいないのに、実験をしたことになっていたとか、ダメよ~、ダメダメの世界であったとか。
委員長の桂さん(東大理学部、生物化学と遺伝学)、昨日(12・26)の記者会見で、1時間45分ほど、ほぼ一人で喋っていたが、終始、皮肉な苦笑を浮かべていた。そして「科学的には」とか「科学の立場から」を連発しながら、晴子嬢の非科学性を批判し、そこから一線を引こうとしていたのが印象的であった。
さて、細胞を培養するものとしてインキュベーターという装置があるのだが、それは小型冷蔵庫ほどの大きさの培養庫で、当時の理研・若山照彦研内にあり、若山研内に所属していた晴子嬢は、そのインキュベーターに24時間、いつでも自由にアクセスすることが可能であったという。そこは誰もいない部屋なので、その気になればESとTS細胞を混入させることは容易であったと桂委員会は結論づけていた。
つまり桂委員会の示唆は、ESとTS細胞を混入させた場所はそこ、そして理研の研究員全員に聞いたところ、誰もが混入を否定したことから、犯人は闇の中と述べたが、だとしたら死んだ笹井さんなのか。死人に口なしとはこのこと。
一方、晴子研の保有するフリーザー内から、ESと書かれたES細胞の容器が出てきたのだが。
また桂委員会は、晴子嬢の上司であった若山照彦と笹井芳樹の責任を取り上げていた。若山さんと笹井さんはスタップ論文のチェックをすべき立場であったが、チェックがされていなかった。晴子嬢はPIであったにしても、まだ20代の若手研究者であったのだから、実験ノートとデータをチェックすべきであったと。
さてさて、非存在の証明は困難という科学の弱点を突いて、99%バレないと踏んだ笹井スタップ・プロジェクトだったが、1月末の大々的なスタップ発表会からたった4日後には、スタップ論文の捏造と改ざんが、ネットの@11jigen によって専門科学的に指摘されたことは笹井さんと晴子嬢にとって驚愕であったろう。
天が崩れて、地割れが起きたかのように雷鳴が轟いたのではなかったか、そして半年後に悲劇的なカタストロフィを迎えてしまった、スタップ細胞の罪と罰。
(じゅうめい)