茨城県教育財団は19日、常陸太田市瑞龍町の瑞龍遺跡の発掘調査(昨年9月より実施)で、平安時代の竪穴建物跡から、国字がヘラで刻まれた土器の底面が出土したと発表した。
土器の破片は坏(つき)の底面と見られ、長さ約5・5cm、幅約5・5cm。
国字は漢字にならって日本で作られた文字で、男女の交合を意味する「□〓(偏が「見」、旁が「見」を逆さにした漢字)」が刻まれていた。「ひるくかなひ」と読むらしい。横に「女」の字も刻まれていた。 この破片が出土した建物跡からは、ほかに「河内」「望正?」と書かれた墨書土器など見つかった。
同財団によると「□〓(ひるくなかひ)」(注1)は、12世紀に書かれた藤原忠実(1078-1162)の日記にも見られ、隠語として知られている。 国字は奈良時代ごろから使われているという。
今回見つかった破片は忠実の日記より200年も前のもので、国字の出現を考える上でも貴重な発見としている。
同遺跡は、同市南東部の里川右岸、標高約42mの台地上に立地する。 縄文時代中期から平安時代までの集落跡で、竪穴建物跡43棟などがあった。
現地説明会は22日午後1時30分から開かれる。
[参考:茨城新聞、NHK水戸、茨城県教育財団HP]
(注1) 国字「□=(偏が「見」、旁が「見」を逆さにした漢字)」は「ヒルクナカヒ」と読む。 「婚ひ」は「クナカヒ(くながい)」と読むらしいし、『日本霊異記』(9世紀前半に成立)の上巻「雷を捉へし縁」では「婚合(クナカヒ)」という使い方が見える。 意は同じようである。
国字刻んだ土器出土 常陸太田・瑞龍遺跡(茨城新聞) - goo ニュース
土器の破片は坏(つき)の底面と見られ、長さ約5・5cm、幅約5・5cm。
国字は漢字にならって日本で作られた文字で、男女の交合を意味する「□〓(偏が「見」、旁が「見」を逆さにした漢字)」が刻まれていた。「ひるくかなひ」と読むらしい。横に「女」の字も刻まれていた。 この破片が出土した建物跡からは、ほかに「河内」「望正?」と書かれた墨書土器など見つかった。
同財団によると「□〓(ひるくなかひ)」(注1)は、12世紀に書かれた藤原忠実(1078-1162)の日記にも見られ、隠語として知られている。 国字は奈良時代ごろから使われているという。
今回見つかった破片は忠実の日記より200年も前のもので、国字の出現を考える上でも貴重な発見としている。
同遺跡は、同市南東部の里川右岸、標高約42mの台地上に立地する。 縄文時代中期から平安時代までの集落跡で、竪穴建物跡43棟などがあった。
現地説明会は22日午後1時30分から開かれる。
[参考:茨城新聞、NHK水戸、茨城県教育財団HP]
(注1) 国字「□=(偏が「見」、旁が「見」を逆さにした漢字)」は「ヒルクナカヒ」と読む。 「婚ひ」は「クナカヒ(くながい)」と読むらしいし、『日本霊異記』(9世紀前半に成立)の上巻「雷を捉へし縁」では「婚合(クナカヒ)」という使い方が見える。 意は同じようである。
国字刻んだ土器出土 常陸太田・瑞龍遺跡(茨城新聞) - goo ニュース