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平戸市・殉教遺跡の発掘開始 隠れキリシタンの歴史実証へ

2008年08月19日 | Weblog
 18日市教委は、隠れキリシタンの殉教遺跡が残るとされる「生月・平戸の文化的景観」地域で、殉教遺構や教会跡があることを実証するための初の発掘調査を始めたことを発表した。
[参考:西日本新聞]

主な関連年表
1551年(天文20年) ザビエル来島の翌年に、日本最初の教会が平戸に建てられた。
1559年 日本初のキリシタン殉教者が現れる。
1587年 豊臣秀吉の切支丹禁教令発布で平戸の殉教者は激増する。
1566年(永禄九年)「おろくにん様」が処刑される。
1613年(慶長18年)徳川家康の禁教令により更に禁圧が強めらた。
1635年(寛永12年)70数人が捕らえられ、根獅子の海岸において処刑をされた。これらの遺体をキリシタン資料館(平戸市)裏の林に葬り「うしわきさま」と称している。

 ちなみに、東京都千代田区の東京駅八重洲北口遺跡(現在の東京駅八重洲北口を出て左側の一角)から墓跡が確認され、墓には長方形の木棺と土坑墓が見られ、仰臥伸展葬で埋葬されていた。このうち1基から、メダイ・ロザリオの玉といったキリスト経関連の遺物が出土した。遺物の時期は16世紀末~17世紀ごく初頭とみられるとのこと。
 少なくとも江戸にも、この時期までにはキリスト教が布教された証しである。

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