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韓国光州新昌洞遺跡 韓国国内最古の二股踏鋤を確認

2010年01月16日 | Weblog
 今から2年前、佐賀県と韓国国立中央博物館の共同主催により、
  『2007年企画特別展:吉野ヶ里 日本の中の古代韓国』2007年10月16日~12月2日(於:韓国国立中央博物館)
  『日韓特別企画展:吉野ヶ里遺跡と古代韓半島-2000年の時空を越えて-』2008年1月1日~2月11日(於:佐賀県立美術館)
が開催された。
 その時に展示されたものの中に佐賀県小城市三日月町の土生遺跡(はぶいせき)出土の踏鋤(注1,2)と韓国・大田市で出土した「農耕文青銅器」(韓国国宝)が一緒に展示された。農耕文青銅器には頭に鳥の羽飾りをつけた人物が踏鋤で畑を耕している姿が描かれているが、韓国では出土していなく、土生遺跡出土品が韓国と日本を含め、初めての発見であると紹介されていた。

 2010.1.15の聨合ニュースで、「光州新昌洞遺跡で国内最古二股の踏鋤を確認」とのニュースがあった。
 光州広域市光山区新昌洞の複合農耕遺跡「新昌洞遺跡(신창동 유적)」(史跡375号)の出土品から、国内最古の踏鋤(따비)が確認されたという。
 この遺跡を発掘した国立中央博物館学芸研究室長趙現鐘(조현종)氏が15日、国立光州博物館が光州女性発展センターで開催した新昌洞遺跡国際学術シンポジウムの発表文を通して、「この踏鋤は大田市出土品と伝えられる国宝の『農耕紋青銅器』(紀元前4~3世紀)に見える二股の踏鋤(쌍따비)と同じようだ」と発表した。
 この踏鋤は1997年に国立光州博物館の発掘調査で出土したが、取っ手がなかったため鍬と報告されていた。
 この踏鋤は、韓国国内で最初に出土した三韓時代の紀元前1世紀頃の最も古い踏鋤(クヌギ製)という。佐賀県土生遺跡の踏鋤はさらに1世紀古い。二股の踏鋤としては、日韓を通して最古である。

(注1) 踏鋤: 踏鍬とも。中国では踏犂とも。
(注2) 2002年10月24日、三日月町(現小城市三日月町)の土生遺跡(弥生時代中期前半、紀元前2世紀)の発掘現場で、長い棒と鋤の先を組み合わせたような木製品(長さ約160cm)が、韓国系の土器などとともに発見された。材質は柄の部分がシャシャンボで、鋤の部分などがアカガシであった。 [参考:2008.1.23佐賀新聞]
[参考:2010.1.15聨合ニュース、2008.1.23佐賀新聞、佐賀県HP 2009年3月31日]




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