7/20(水) 17:16配信 プレジデントオンライン
厳戒態勢が敷かれた山上徹也容疑者が送検された奈良地検=2022年7月10日、奈良市 - 写真=時事通信フォト
■30年前、芸能界を揺るがす大騒動に発展した
桜田淳子・山崎浩子・飯星景子。
安倍晋三元首相を狙撃した山上徹也容疑者(41)が取り調べで、犯行の動機をこう語ったという。母親が宗教にのめり込み、財産をつぎ込んだため悲惨な子ども時代を過ごし、教団に恨みを持った。その宗教団体のトップを殺そうと思ったがコロナ禍で日本に来ないので、教団と関係がある安倍元首相を殺そうと考えたというものだった。それを聞いた私は、すぐにこの3人の名前が脳裏に浮かんだ。
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警察は、参議院選が終わるのを待っていたのであろう、この宗教団体が世界平和統一家庭連合(旧統一教会=正式名称は世界基督教統一神霊協会。以下、統一教会)であることを発表した。
いまから30年ほど前、当時、統一教会という新興宗教に入信、桜田を除いた2人の脱会をめぐって、週刊誌やテレビが大騒ぎしたことを覚えている人は少なくなってしまった。
統一教会と安倍元首相との関係は、週刊文春(7月21日号)で統一教会関係者がいっているように、
「統一教会は古くから保守政治家との関係が近かったのは事実です。その基盤は、一九六八年に創始者・文鮮明氏が設立した、反共産主義を掲げる政治団体『国際勝共連合』。“戦後のフィクサー”笹川良一氏が名誉会長に就き、笹川氏との交友で知られた岸信介元首相も勝共連合の設立に尽力したとされています」
■当時の大学生の間で「原理研」が人気に
岸の孫である安倍元首相との関係はさまざまいわれている。霊感商法などで世論の厳しい批判を受けた統一教会は名称変更をしようとしたがなかなか認められなかった。宗教団体が名称を変えるなどということは極めて異例で、何としてでも悪い評判が染みついた教団名を変えたかったのだろう。文化庁がこれを承認したのは安倍政権時代になってからだった。
私が学生だった頃、東大生の間で「原理研」が人気だという記事が新聞に出たことがあった。統一教会の文鮮明総裁(当時)が提唱する考えだが、私がいた早稲田大学にもあり、活発に活動していたという。
統一教会の悪名を広く知らしめたのは、1980年代中頃から『朝日ジャーナル』(朝日新聞社・休刊)が始めた「霊感商法」批判キャンペーンであった。
霊感商法とは、「人の不幸に付け込み、その不幸の原因が先祖の因縁に理由があると不安を煽り、壺や多宝塔、一和(韓国の関連企業=編集部注)の高麗人参濃縮液などを原価の数十倍から数百倍で売り付ける」ものだと、ジャーナリストで元参院議員の有田芳生と週刊文春取材班の共著となる『脱会 山崎浩子・飯星景子報道全記録』(教育資料出版会)に書かれている。
朝日新聞社が1987年6月に集計したところによると、1984年4月以降の被害は全都道府県で1万3000件、180億円にのぼったという。1987年の衆議院特別委員会で警察庁も、「各種の悪質商法の中でも最も悪質」だと答弁している。
■山崎浩子の「合同結婚式」で各社は大騒ぎ
しかし、こうした報道にもかかわらず、統一教会に入信する若者は後を絶たなかった。脱会させようとする肉親たちの必死の説得にも耳を貸さず、カネや金品を持ち出したりするケースが多発し深刻な社会問題となっていった。
そんな中、新体操の女王でタレントとしても人気のあった山崎浩子が統一教会に入信して、韓国ソウルで開催される「合同結婚式」にも参加すると、週刊文春(1992年7月2日号)が報じたのである。
当時、私はフライデー編集長だったが、週刊文春の発売前から、スポーツ紙やワイドショーが大騒ぎしていたことを覚えている。
合同結婚式というのは、見ず知らずの男女を文鮮明が選び、スタジアムで見合い・結婚させるものだが、1988年には6500組が結婚したといわれている。
山崎は当時32歳。3カ月前に母親を亡くしていた。彼女は週刊文春のインタビューに応じてこう語っている。
「合同結婚式で結婚すると聞いたらショックでしょうね。私もかつてはそうでしたし、ついこの間まで、祝福を希望することはないと考えていましたから。
(タレント活動の=筆者注)マイナスになることは覚悟しています。三年かかって考えたことを一口に説明することはできませんが、信じているからこうしていると言うしかありません。こうしていられるのも神様のおかげだと思っています。
あなたは神様を信じないのですか。統一教会の原理を勉強して下されば、せめて四十日勉強すれば、理解していただけると思うのですが」
■直後には歌手の桜田淳子も…
その直後、さらなる激震が走ることになる。山口百恵、森昌子と一緒に「花の中3トリオ」といわれ、アイドルとしての地位を確立していた桜田淳子も入信していたことが明らかになったのである。
しかも合同結婚式にも参加するということを、会見を開いて自ら語った。彼女の姉が熱心な信者だったため、感化されて入信したという。
週刊文春(1992年7月9日号)によれば、彼女は「霊感商法」にも関わっていたようだ。後に彼女が所属していたサンミュージックの相澤秀禎社長は週刊文春に対して、桜田から壺を200万円で売りつけられたと語っている。
だが、桜田は会見で、霊感商法について記者からの質問に、「霊感商法は詐欺だと考えていません」といい切ったのである。
統一教会の反社会性に対する批判が大きくなることを恐れた教会側は、合同結婚式に話題を変えさせようと大々的なマスコミの情報操作に乗り出した。教会を批判するメディアには結婚式の取材をさせない、協力的なメディアには情報を与えるというものだった。
多くのメディアは教会側が小出しにする山崎や桜田の結婚相手の情報欲しさに、教会の暗部を抉(えぐ)ろうと考えるメディアはごく少数になっていった。]
■スタイリストが人気タレントを勧誘する
1992年8月25日にソウルで行われた合同結婚式の現場は、日本のメディアの取材合戦が繰り広げられ、さながら戦場のような雰囲気になったのである。
連日、ワイドショーは合同結婚式を取り上げ、人気タレントの結婚式さながらのお祭り騒ぎを流し続けた。
当時私も、幸福の科学という新興宗教団体と訴訟沙汰に発展していた。連日のように信者である歌手の小川知子や直木賞作家の景山民夫が率いる信者たちが、講談社の前を「フライデーを潰せ」とシュプレヒコールをして歩いていく姿がワイドショーで流された。
絵になる被写体があれば主張などどうでもいい。テレビのやり方は今も変わらない。
当時、人気タレントたちを次々に入信させていたのは、有名なスタイリストであった。彼女に誘われたなかに、当時人気キャスターだった飯干景子(旧芸名、以下飯干=編集部注)がいた。彼女の父親は元読売新聞社会部記者で後に作家になり、映画『仁義なき戦い』の原作を書いた飯干晃一氏である。
週刊文春(1992年10月1日号)が景子の入信を報じると、すぐに父親から編集部に電話が入った。飯干は「統一教会に宣戦布告する」と宣言したのである。娘の景子はニューヨークへ行くといったきり姿を隠してしまっていた。
■連れ戻してからが「本当の戦い」だった
私は飯干氏とは付き合いが長い。相談したいことがあると彼のマンションに呼ばれ、「何としてでも娘を取り戻したい。協力してくれ」といわれた。憔悴はしていたが、殺気のようなものが体からにじみ出ていた。
だが、杳(よう)として娘の居所はつかめなかった。飯干氏は週刊文春(同年10月8日号)で「暴力団は肉体の暴力をもって、自らの経済的、政治的な目的を満たそうとする組織であるが、統一教会は精神的な暴力をもって経済的、政治的目的を遂げようという組織である。(中略)私は残りの半生をかけて統一教会と戦っていく」と宣言した。
彼はあらゆる統一教会の資料や聖書を読み込み、理論武装していく。そこへ突然、景子が帰ってくるのだ。だが、本当の戦いはそれからだった。
統一教会には、反対し脱会させようとする親たちにどう対処するのかを事細かに記したマニュアルがある。飯干氏は「娘の話はこんにゃく問答のようにつかみどころがない」といっている。信者の中には改心したかのように見せて逃げ出してしまうケースも多い。
飯干氏は、キリスト教関係者と元信者たちにも来てもらった。少しずつ娘に変化が表れてきた。週刊文春(11月12日号)に掲載された飯干景子の手記「統一教会という迷宮を脱けて」で、彼女はこう書いている。
■「性格や行動、コンプレックス」を把握して忍び寄る
元信者の一言がおかしいと感じて、旧約聖書のヨブ記を読み始める。そしてとにかく話を聞いてみようと思い立つ。
「私は原理講論で使われている聖句を、聖書を通してじっくりと読んでみた。そして、統一原理が引用している聖句がいかにねじまげられて使われているかを理解し、統一教会の教理がどれほどずさんで、でたらめであるかを検証したのである。そしてその上で、統一教会自らが出版した膨大な量のパンフレットや書籍などを較べた結果、その中にある数多くの矛盾や嘘を、はっきりとこの目で確かめたのだ」
数多くの元信者にも会った。何億という金をだまし取った女性もいた。そしてこの教会の恐ろしいところは、「彼等はただひたすら神を信じ、ここで諦めれば先祖も家族も皆地獄に落とされるという呪縛に捕われている。そしてその教えは、一気にその人を虜にするのではなく、徐々にその人の性格や行動、そしてコンプレックスや利用価値にあわせて、じわじわと忍び寄ってくる」と書く。
彼女は教会幹部たちに問う。「原則として信者同士の結婚と言われている合同結婚式によって、どうして日本の信者の女性が統一原理のトの字も知らない異国の男性に嫁がされなくてはならないのか? (中略)霊感商法は関係ないと公にコメントを続けながら、なぜあんなに多くの元信者が統一教会の名のもとで経済活動を行ったと証言しているのか?」
奪還に成功した飯干氏と旨酒を呑み交わしたのは、この手記が出た頃だった。
■「都合の悪いことは、全て信者の責任にする」
山崎浩子を脱会させたのは、彼女の姉だった。子供もいる主婦だった姉は、山崎をマンションに匿い、仕事を辞めてまで協力してくれた叔父叔母と共に必死の説得を続けた。
長い話し合いの末に、彼女を翻意させたのは姉が連れてきた牧師だった。牧師に手渡された『福音主義神学概説』を読み、統一教会の信仰は本当のキリスト信仰とはかけ離れていることを知る。飯干同様、あまりにもいい加減な聖書の引用、文鮮明師の美談、統一原理のルーツも真っ赤な嘘だった。牧師はこういう。「仕方のないことなんです。あなたたちはマインド・コントロールされてたんですから」
そしてこう書く。「統一原理が正しければ、経済活動も、珍味売りも、正しいことであるはずだ。だとしたら統一教会は、経済活動も珍味売りもインチキ募金も統一教会でやっていると言うべきである。それが救いなんだと訴えるべきだ。統一教会は絶対に表に出ない。前面に立たない。そして都合の悪いことは、全て信者の責任にする『とかげのしっぽきり』みたいなことは素晴らしい宗教のやることではないと思う」(週刊文春1993年4月29日号「統一教会も私の結婚も誤りでした」)
■母親を引き込むのはたやすかったのではないか
2人が長い時間はかかったが、マインド・コントロールが解けて脱会できたのは、親身になって支え、説得してくれる肉親がいたからであった。
山上容疑者の伯父が週刊文春(7月21日号)に語っているところによると、山上の母親が統一教会に入信したのは1994~95年頃のようだ。まだ、桜田たちの入信、合同結婚式などが話題になり、山崎と飯干が脱会したことも話題になっていたに違いない。
伯父も、子どもたちが困窮しているのを見かねて生活費を出していたが、何としてでも統一教会から脱会させようとはしなかったようだ。諦めが先行したのかもしれない。
夫が自殺し、山上の兄は重度の障害があった。統一教会が彼女をマインド・コントロールするのはたやすかったのではないか。夫の保険金(5000万円といわれる)も、実父が持っていた土地も無断で売り払って、その金も寄付してしまったというのである。伯父にいわせれば、総額は1億円になるのではないかという。
大学に入る金がなかった山上容疑者は、海上自衛隊に入る。
しかし、2005年2月に山上は自殺を図る。彼は保険金の受取人を母親から兄に変更していた。病気の兄に少しでも金を残そうとしたようだ。その兄もその後、自殺してしまった。
彼の中に、統一教会への恨みが澱のように溜まっていったのであろう。
■母親は「事件と統一教会は関係ないでしょう」
2020年に奈良県内の派遣会社に登録し、京都府内の工場で働き始める。はじめは黙々と仕事をこなしていたが、翌年から勤務態度に異変が起き、従業員や上司ともトラブルを起こすようになっていったという。
そして2022年7月8日午前11時29分、事件が起こる。
事件後、母親は伯父のところに身を寄せ、こう話しているという。
「私が統一教会に入ったことは徹也の人生には影響していない。事件と統一教会は関係ないでしょう。教義に反するようなことは、話したくない」
彼女は教団のマインド・コントロールにからめとられたままのようだ。
桜田や山崎の入信騒動から30年近くがたつ。統一教会は世界平和統一家庭連合と改称した。だが、身内の不幸で心が折れそうになった人たち、一生懸命に働きながらも自分の人生に疑問を抱いている若者たちに、甘言を用いて近付き、話巧みに彼らを“洗脳”して入信させ、物心ともに奪ってしまう非道なやり方が延々続いてきたのはなぜなのだろうか。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」日本人総健忘症と、メディアの怠慢だったと、私は考える。
■世間もメディアも教団の被害者たちに冷ややかだった
山崎や飯干たちが「脱会」して、統一教会の悪徳商法や、信者からすべてを吸い上げるシステムを断罪したが、この国から教団を一掃できたわけではなかった。
彼らは、宗教名を変え、トップを挿げ替えて、同じことを繰り返していたのに、一部のジャーナリストや被害者たちを救済している支援団体、弁護士を除いて、この教団への関心を持続させず、告発もしてこなかった。
今回の事件の責任の一端は、メディアにもあると自覚すべきであろう。
山上容疑者の母親のような悲惨なケースは他にもまだある。その人たちの親族が統一教会に恨みを抱き、同じような凶行に走らないといい切れるだろうか。
山上容疑者は、教団トップを狙うのは難しかったから、教団と関係があると思われた安倍元首相を狙ったと供述している。だが、彼のいい分に私は首を傾げる。
山上はツイッターなどに心情を吐露したメッセージをいくつも出している。
「21年6月7日には、『根こそぎ金を持ち出し親戚に無心し家事は放棄し何日も家を空け、聞けば「世界を救う神の計画の瀬戸際」だと言う。そんな宗教もある。もちろん統一教会だが』と記した」(朝日新聞デジタル7月19日 7時00分)
不幸だった子ども時代、母親への思い、教団への恨みなどを、誰かに聞いてもらいたかったのだろう。しかし、世間は彼のいい分にほとんど耳を傾けてくれず、冷ややかだった。
■第2、第3の山上事件が起こる可能性がある
山上容疑者が、母親の不実を詰(なじ)り、自分や自殺した兄がそのことでいかに惨めな人生を強いられたのかを世に訴えたいと考えたとしたら。もしそれが目的だったとしたら、安倍元首相には極めて失礼ないい方にはなるが、彼は目的を十分に果たしたと思っているのではないだろうか。
平和と家庭の幸福を願っているかのように装う統一教会は、他人の不幸につけ込み、心の中に入り込んでマインド・コントロールするだけではない。長い間、政治の世界にも広く深く根を張り、金と信者たちを使って政治家たちを操ってきたことも知られている。
日本の事件史の中で初めてといっていい、個人的な恨みで要人を暗殺する凶悪なテロ事件を機に、メディアは総力を挙げてこの教団の闇を暴き、マインド・コントロールされている信者たちを救い出し、政治家にはこの教団とのパイプを断ち切れと求めなくてはいけない。
そうしなければ、今後、第2、第3の山上事件が起こることになる。私はそう考えている。
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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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ジャーナリスト 元木 昌彦
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