創作 裏目に泣いた宮ちゃん

2022年12月14日 13時59分01秒 | 創作欄

裏目千両の形容もある。
軸が確かなレースを選んで、宮野虎之助は勝負をしてきた。
昭和40年頃から、取手も田畑が宅地に造成され初めていた。

住宅公団による井野団地の建設を契機に道路も整備された。
宮野は先祖代々の田畑を切り売りして、取手競輪で勝負をするようになった。
小・中学生の同級生たちの中には、競輪選手になった者もいた。

宮野は中学を卒業すると東京・上野の印刷工場に就職した。
中学の先輩の倉持勝太郎の誘いであった。
初めは取手の自宅から通勤していたが、倉持の提案で2人は根津の木造アパートに住んだ。
4畳半の部屋に倉持が、3畳の部屋に宮野が暮らす。
その倉持が休みの日に宮野を後楽園競輪に誘った。
根津から歩いても後楽園に行けたが、2人はタクシーに乗って行く。
顔見知りとなった運転手は、かなりの競輪通であり、2人に色々と教えてくれた。
競輪の草創期からの競輪ファンであったのだ。
2人は自動車免許を取得したことから、タクシー運転手を目指すようになる。
宮野が運転するタクシーは、東京から、川崎、千葉、松戸、取手方面まで競輪客を乗せて行くこともあった。
ついでに宮野はタクシーを駐車場に停めて、競輪場へ入り一勝負。
そして、レースが終われば客を乗せて帰る。
競輪で儲けた客が破格のチップを弾んでくれたり、居酒屋に誘ってくれる。
その後、宮野はタクシー運転手を辞めて、取手の実家へ戻る。
実家の田畑に目を付けたのである。
父が戦死して、母親が受け継いだ農業に宮野は一度も目も向けなかったのに、高騰した取手市内の地価が宮野の気持ちを動かした。
そして、母親に相談もせずに、畑の一部を切り売りした。
初めての大金の500万円を手にして、彼の気持ちが完全に舞い上がる。
懐の100万円の中から、10万円を5レースに投じたのだ。
愚かにも1点勝負である。
5レースの車券が外れ、6レースには祈りを込めて賭けた20万円を失う。
思惑が外れ宮野は頭に血が上る。
青ざめた顔が見る見る鬼の形相で赤らむ。
7レースは負けを取り戻そうと40万円を投じた。
皮肉なもので、再び裏目で敗れる。
「宮ちゃん、裏も返しなよ」と幼馴染の染谷次郎がアドバイスしたのに、1-5を買って5-1を押さえなかったのだ。
元々本命党の宮野は思い込みも強かった。
結局、8レースに残りの30万円を投じて、それも失う。
金儲けなどできるほど、競輪は甘くなかったのだ。
展開のアヤ、タイミング、さらにブロックもありの走る格闘技の競輪。
落車などのアクシデント、失格もありで、競輪に絶対はない。
何とも皮肉なもので、残りの400万円は1週間も持たなかったのだ。

「裏目に泣いた宮ちゃん」

その後も、田畑を切り売りし、挙句の果てに全財産を失う。

結局、貸家住まいにまで堕ち込んだ彼の惨めな姿は、競輪仲間たちに教訓の一つを残した。

 


グラミン銀行

2022年12月14日 09時52分05秒 | 社会・文化・政治・経済

グラミン日本は、グラミン銀行の日本版として設立されました。

グラミン銀行はムハマド・ユヌス博士により、1983年バングラデシュに設立されたマイクロファイナンス機関です。

貧困層の自立を支援した功績により、ユヌス博士とグラミン銀行は2006年にノーベル平和賞を受賞しました。借り手の97%は女性で、貧困・生活困窮者に無担保で融資を行い、ほとんど貸倒れのない実績を上げています。

グラミン日本が目指す社会

  • 貧困・生活困窮に陥った時、そこから脱却する助けがセーフティネット/ソフトインフラとして整備されている社会
  • 生業的な起業(プチ起業/小商い)が普通にできる社会
  • Job SeekerよりJob Creatorが活躍できる社会
  • 地域・コミュニティがお互いに助け合い、共感のある社会
  • ユヌス・ソーシャルビジネス7原則が実践される社会
  • 会社が、株主だけでなく経営者、社員、取引先、顧客、地域・コミュニティなど全ステークホルダーに貢献する社会

グラミン日本はグラミン銀行のノウハウを生かし、主に生活困窮の状態にあるシングルマザーや非正規労働の女性を中心に、マイクロファイナンスや5人組の互助関係を提供するとともに、多様な企業・団体とのパートナーシップの下で、就労および新たな事業機会を共創し、「一歩を踏み出す機会」を提供しています。

私達のゴールは、生活困窮の状態にある方が自立に向けた意欲を高め、「こうありたい」と願う夢に、一歩を踏み出せるようになることです。

そして、一歩を踏み出した方にとってグラミン日本が「家=心のよりどころ」となり、また、誰もがいきいきと活躍する持続可能な社会を実現することです。

ユヌス・ソーシャルビジネス7原則

グラミン日本は、ユヌス・ソーシャルビジネス7原則に基づいて設立され、運営されています。
  1. 利益の最大化ではなく、
    社会問題の解決こそが目的であること

  2. 財務的に持続可能であること

  3. 投資家は投資額を回収するが、
    それ以上の配当は分配されないこと

  4. 投資額以上の利益はソーシャルビジネスの拡大や
    改善のために使うこと

  5. 環境へ配慮すること

  6. スタッフは標準以上の労働条件・給料を得ること

  7. 楽しみながら仕事をすること

グラミン日本創設に際して

グラミン銀行創設者:
ムハマド・ユヌス博士のメッセージ

マサ(グラミン日本創設者:菅正広氏)、彼のチームの皆さま、おめでとうございます!

国連関連行事の予定と重なり、グラミン日本設立という重要な行事に際して東京で皆さまと一緒にいられないことが残念です。

しかし、このメッセージを通して、多くの友人、支援者、そして日本の皆さまと一緒にグラミン日本の設立をお祝いすることができ、大変うれしく思います。

グラミン日本が、今後、みなさまのご支援を得て末永く活動し、生活困窮する人々を支援するのに成功するものと固く信じています。

グラミン日本設立に際してのメッセージ
2018 年 9 月 13 日

私は、2008 年 3 月 18 日、ダッカのグラミン銀行で、初めてマサと出会ったことを鮮明に覚えています。

爾来、私たちはよき友人としてともに働いてきました。

この間、彼は学者と行政官として忙しく
してきました。この間、マサは私に、日本でマイクロファイナンスができるかどうかと尋ねたことがあります。

私は、マイクロファイナンスはどこでも実現できる、もちろん日本でも、と答えました。
マサはこの私の言葉を真剣に受け止めて、日本でマイクロファイナンスを始める計画を立て始めまし
た。

そして、今日 、私たちは最初の出会いから 10 年、ついに夢のプロジェクトを始めるためにここ
に一緒に立っているのです。

日本で初めてのグラミン型マイクロファイナンス機関が設立されることを皆さまと一緒にお祝いできることを、とても嬉しく思います。

4 年前の 2014 年、マサが『構想グラミン日本』を新たに上梓した際、私はマサに序文を送りました。
 今日、 私はその時と同じメッセージを日本の皆さまに送りたいと思います。
(1)誰でも他の人を助けてその問題を解決したいという、 強い無私の志を持っていると私は信じています。

無私の志は、個人的な利益を得たいという欲求と同じくらい強いものです。しかし現代の資本主義は人間のこの強い志を活かすことに関心を払ってきませんでした。

その結果、世界経済は利己に偏った成長を続けてきました。

世界で最も裕福な 8 人が、世界の人口の底辺から半分の人々の富を合わせた以上の富を所有するまでになっています。

経済が成長すればするほど、この富の集中はひどくなっています。

リソースが不足していることが問題なのではなく、最も必要としている人にリソースが届かない経済システムになっていることが問題なのです。

人々が自らの持つ創造力に気づいて、その力を発揮できるような制度・政策になっていないことが問題なのです。

ソーシャルビジネスは、現在の資本主義の、この根本的な既念的枠組みの欠陥を正そうとする試みです。

また、人々が持っている無私の志に基づいた、新しいタイプの事業形態を取り入れることで新しい形の資本主義につながるものです。

ソーシャルビジネスは、飢餓、ホームレス、疾病、汚染、無知といった、人類が長い間苦しんできた社会・経済・環境問題の解決に取り組む「無配当の会社」と定義されるビジネスです。
利己の欲求と同時に、無私の志を併せ持つ多次元的な人々がいる社会では、個人や組織体の無私の志に基づくビジネスが先駆けとなって、社会問題の根絶を目指すことができるのです。

(2)貧困問題においてこそ、このようなソーシャルビジネスの真価が問われます。失業はソーシャルビジネスによって起業に変えることができます。失業者は起業者に、求職者は雇用者に成り得るの
です。

マイクロファイナンスは、今や世界中に知られるようになったソーシャルビジネスの一つの形です。

バングラデシュのジョプラ村で始まったマイクロファイナンスは世界中に広まりました。

今や世界中のほとんどすべての国にマイクロファイナンスのプログラムがあります。

これはアジア、アフリカ、中南米の開発途上国のみならず欧米先進諸国にも言えることです。

そして本日、ついに日本がその仲間入りを果たしました!本当におめでとう!!
グラミン・アメリカは、今やニューヨーク、オマハ、インディアナポリス、マイアミ、シャルロット、
サンフランシスコ、ロスアンゼルス、ヒューストン、ボストンなど沢山のアメリカの都市で稼働して
います。

各地の女性が小規模のビジネスを始めたり、既存のビジネスを拡大したりできるよう少額の融資が無担保で実行されています。

借り手の女性たちの多くはシングルマザーで、尊厳のある人間らしい暮らしができるようにと頑張っています。

グラミン・アメリカの成功で明らかになったことは、
最も発達した銀行制度を持、 世界で最も裕福な国でさえも、金融アクセスが皆無もしくは不足して
いる何百万もの人々が銀行業務に大きなニーズを持っているということです。

(3)最後に、私が固く信じていることを皆さま全員と分かち合うことで、このメッセージを結びた
いと思います。

それは、 3 つのゼロ――貧困ゼロ、失業ゼロ、二酸化炭素排出量ゼロ ――の世界は、
私たちがそのような世界を創る決意を固めれば創ることができると、私は固く信じているということです。

希望を実現させたいのであれば、私たちはその希望を人生で成し遂げたいことの一部にしなければなりません。

目標を達成するためには、適切な概念、制度、技術、そして政策を創らなければなりません。

古い道を歩めば、古い目的地にしかたどり着けません。 新しい目的地に行きたいのであれば、新しい道を歩むことが必要なのです。

新しい目標が不可能に見えれば見えるほど、その仕事はワクワクしたものになります。

ソーシャルビジネスは、日本が直面する問題に取り組む有力なツールになります。

これこそ新しい道なのです。
私は、マサも彼のチームも「新しい目標が不可能に見えれば見えるほど、その仕事はワクワクしたものになる」と固く信じていると聞いて、とても嬉しく思います。

グラミン日本が日本の人々に貢献し、
日本の社会がこれまでと違ったように考え、違った行動を取るものと信じています。

私は、日本の人々、企業、銀行、中央・地方政府、NPO、その他のパートナーの方々が温かくグラミン日本を支援してくれることを心から期待しています。
全ての日本の皆さまと、グラミン日本の幸運を心よりお祈りします!

2006 年ノーベル平和貰受貰者
グラミン銀行創設者
ムハマド・ユヌス
9/13/2018





新装版 成功哲学

2022年12月14日 09時38分00秒 | 社会・文化・政治・経済

ナポレオン・ヒル  (著), 田中孝顕 (翻訳)

著者は1908年、駆け出しの新聞記者時代にアンドリュー・カーネギーと出会い、彼の要請で誰もが成功できる秘訣の体系化に着手した。
この企画には500名以上の各界成功者が協力し、52年後の1960年に、自己実現のための原理原則を体系化したPMAプログラムという形で完成した。
著者はその間、ウッドロー・ウィルスン大統領の広報担当補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官を務め、大富豪の1人としても有名になった。
本書はナポレオン・ヒルの編み出した成功プログラムのガイダンスブックに相当する。1967年刊行のロングセラーであり、自己啓発書としては代表的なものである。
「強く、強く、強く信じよ」「この世には、恐れるものなど何もない」といった言葉が並んでいる。
数ある自己啓発書の中で、本書に特徴的な点を挙げるとすれば、50年以上かけて練り直されたノウハウが現在に至るまで支持を得ていること、すなわち時代の変化を越える普遍性が実証済みである、ということだろうか。
「あなたがその気であるならば、本書を十二分に活用することにより、成功と心の平安をともに獲得できることをお約束する」といった頼もしい一文も見られる。
全編を通じてアメリカン・ドリームやピューリタニズムといったアメリカ的発想が垣間見える本書は、自己啓発書としてのみならず、アメリカ文化・社会への理解を深めるための本としてもおもしろい。(加島有理)
 

内容(「BOOK」データベースより)

全世界で1億冊以上読まれている『思考は現実化する』著者ナポレオン・ヒルの、もうひとつの大ベストセラー!人生において本当の成功をつかむための究極の思考法とは?

著者について

1908年、駆け出しの雑誌記者時代に、アンドリュー・カーネギーと出会う。
カーネギーの要請で万人が活用できる成功の秘訣の体系化に着手。
カーネギーの尽力もあり、著名な500名以上の各界成功者が共同作業に携わる。20年後の1928年、初期プログラム完成。
そして実践の場での有効性を調査し、再び検討を重ねて52年後の1960年に、遂にPMAプログラムを完成(80年後の1988年に新版完成。日本語版はこの新版による)。
この間、ウッドロー・ウィルソン大統領の広報担当補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官を務める。
また、講演家としても活躍。大富豪の一人としても、その名を残している。
ナポレオン・ヒル財団設立後、1970年87歳で没。

田中/孝顕
1945年1月生まれ。国学院大学法学部卒。総理府(現・内閣府)事務官(公正取引委員会事務局(現・総務省/公正取引委員会))、東急不動産(株)企画部・総務部を経て、1973年4月SSI人材活性研究所を設立。
1979年2月、(株)SSI人材活性研究所(商号はその後、(株)エス・エス・アイに変更)を創業し、代表取締役社長・最高経営責任者に就任。
2007年、株式会社エス・エス・アイ退任。
『SSPSシステム』を開発、『ナポレオン・ヒル・プログラム』その他、各種プログラムを企画・開発し、ギネスブックから認定書を授与される。2002年11月、米国ナポレオン・ヒル財団の上級顧問(シニア・アドバイザー)、ナポレオン・ヒル財団アジア/太平洋本部理事長に就任。
2003年3月、日本人として初のナポレオン・ヒル・ゴールドメダルを受賞。2004年度には、高額納税者ベスト10に輝く(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 
 
成功が金儲けではなく、心の平安つまり自分軸で生きられる人生であることを教えてくれる。とても長いが、お金に翻弄されてしんどい人におすすめの一冊。
 
 
 
大学の合格祝いにプレゼント。きっとこの休みから読み刺しまるでしょう。
 
 
 
素晴らしい書籍ですね。 決して聖書にも引けを取らない内容だが、とても厳しくもある。
 
 
 
人生のなんたるか、どう生きていくのか、明確に分かりました。
最近は、活躍する若いスポーツ選手でもしっかりした考えの人も多いですが、本人がこの本を読んだか、コーチが実践しているのではと思ってしまいます。
忘れかけたら読み返して、決して無理せず自分の心をしっかり持っていれば、もし成功者にはなれなくても、最後には、いい人生だったと満足できると思いました。
この本に出会えて良かった。
 
 
 
「今日の自己啓発本のほとんどは、この本で語られた内容の焼き直しなのではないか?」
と感じるほど、今まで読んできた自己啓発の内容が集約されていました。

色々な自己啓発本を読んできましたが、あれこれ手を出す前に、この一冊を読んでいたらよかったと素直に思いました。

自己啓発というと揶揄されるような雰囲気が日本にはありますが、この本の内容は間違いなくこれを読んでいなかったら考え及ぶこともなかっただろうと思えるようなたくさんの発見があります。

これから成功を手にしたいと考えている人にとって、必読の書と言えるのではないでしょうか。

カーネギー自伝

2022年12月14日 08時42分57秒 | 社会・文化・政治・経済
 
 
内容(「BOOK」データベースより)
貧しいスコットランド移民の子から全米の鉄鋼王へ、引退後は「富は神より委託されたもの」との信念に基づき、社会福祉に全力を傾注したカーネギー。
伝説のアメリカン・ドリームはいかにしてなったのか。感動の自伝。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

カーネギー,アンドリュー
1835‐1919。スコットランドの貧しい織物職人の子として生まれる。
1848年、一家とともに渡米。木綿工場の糸巻き手、電気技手、ペンシルヴァニア鉄道監督などを経て、製造業に進出、鉄鋼王にまでのしあがった典型的なアメリカン・ヒーロー。
しかしすぐ実業界から退き、「富は神より委託されたもの」との信念に基づいて、教育施設や平和機関の設立など福祉事業にもてる資産を投じ、慈善事業家として第2の人生を送った

坂西/志保
1896‐1976。東京に生まれる。ミシガン大学美学科卒業。
文化評論家。参議院外務専門員、米議会図書館日本部長など歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 
 
カーネギーの濃い人生がほぼほぼ描かれている。
時系列順なので、だんだん昇給していくさまがリアルで、面白かった。
カーネギーの、とにかくポジティブで敬虔かつ信心深い人柄と、激動の世界情勢の中を切り開いていく姿が対照的だった。
ところどころ自己啓発本のような指南が書かれているので、それもまたためになった。
あんまり期待していなかったが、暇つぶしに読んだものにしては面白かった。
高校生、大学生や若い人たちにはぜひ読んでみてほしい。
 
 
 
少しずつ読んだので結構時間がかかった巻末の坂西志保氏の解説もよい。
アメリカの資産家が公共へ寄付を惜しみなくする姿勢は彼から始まるのだろう。
大変楽観的な人生観が基調である。
しかし このように自伝を書く習慣というのは アメリカの伝統なのかな。
フランクリン以来の伝統なのか。
 
 
 
カーネギーの豊かさマインドが育まれ、開花されたのは、希望に向かって努力を重ねた生涯は、素晴らしいと思いました。
 
 
 
若いときにこれを読んでおけば、今よりもさらに、魅力ある人生を送れていたと思う。
教師を退職したが、若者たちにぜひ読んでもらいたい書物の一つである。
 
 
 
私は最初はナポレオン・ヒルの本にはまり、あまりに良い本だったので日本で訳されているナポレオン・ヒルの本は全部読みました。
そのナポレオン・ヒルの本の中でたびたび出てくるカーネギーのことにも自然と興味がわきこの本を買いました。
内容はカーネギーがスコットランドで生まれたところから、12歳で産業革命の影響で父の仕事がうまくいかなくり、アメリカにわたる。
そこでは週休1ドル20セントで働いていたのが、自分の会社を持てるようになり、最後は自分の会社を4億5000万ドルでモルガン商会に売り渡し、その後は自分の富を世の中の人たちに分配していくまでが、一つ一つ書かれています。
しかし、1914年で突然自伝は終わっています。
カーネギーの奥さんの言によれば世界大戦の勃発にあまりに落胆したカーネギーはそれ以上筆を進めることができなかったとのことでした。
本からはカーネギーのほかの人たちに対する愛情が伝わってきます。
随所に人生の教訓も書かれており、勉強になる本です。

手書きの手帳

2022年12月14日 08時42分57秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

▽真面目で楽しい語らいで力は2倍にー作家・エマソン

▽<子どもに正しい人生を歩ませるには、家庭を楽しい場にすること>と思い、鉄鋼王・カーネギーの両親は、近所の子らも読んで遊ばせた―貧しい家であったが、母は悩む人のために尽力を惜しまなかった。

カーネギーは両親を誇りとして、自身の家庭環境を「なにものにもかえることができない尊い宝」と記した。

▽「どこか」ではなく「ここ」

「いつか」ではなく「今」が人生の舞台。

眼前の課題への挑戦が未来を大きく勝ち開くのだ。

▽手書きの手帳。

そこには五感を通した「想起の際の手掛かり」が豊富にある。

手書きで記録した記憶から新しい思考が生まれ、創造的な発想につながる―東京大学の酒井邦嘉教授

▽「紙」は「文明の源泉」―渋沢栄一

▽紙だからこそ伝わる心がある。