5. 宗教に求めるもの・宗教への疑い
(1)「癒やし」「友人をつくる」 減少これまで,宗教的な行動や思考についてみてきたが,ここでは人々が宗教にどんなことを求めているかということを取り上げる。宗教の役割について『そう思う(「どちらかといえば」を含む)』という人が多い順に上から並べたものである。上位には「人々の道徳意識を高める」(34%)と「困難や悲しみを癒やす」(34%)が並んでいる。ただし,「困難や悲しみを癒やす」には『そうは思わない(「どちらかといえば」を含む)』も多いことから,相対的には「人々の道徳意識を高める」への期待が高いと言える。なお,「貧しい人々を救う」と「友人をつくる」は,『そうは思わない』が『そう思う』を上回っており,特に「友人をつくる」は『そうは思わない』が半数を超えている。
08年のデータがある「困難や悲しみを癒やす」と「友人をつくる」を18年との比較でみてみると,「困難や悲しみを癒やす」の『そう思う』が45%から34%へ,「友人をつくる」の『そう思う』が23%から11%へといずれも減少している。
本調査の他の結果をみても,10年間で10ポイント以上減っているケースは珍しく,少なくともこの2つの役割を求める人は大幅に減っていると言える。
(2)宗教に危険性を感じる人多い世界史を振り返ってみても,宗教に関する争いを思い浮かべることは不幸にして難しくはない。いわゆる「宗教戦争」と言われるすべてのケースが信仰上の対立が原因だとは言いきれないが10),少なくとも宗教が火種となった争いが,過去,そして現在でも存在することは否定できない。
そこで本調査では,宗教に危険性を感じるかどうかについても質問している。
「宗教は平和よりも争いをもたらすことの方が多い」で『そう思う(「どちらかといえば」を含む)』という人は43%,「信仰心の強い人々は,そうでない人達に対して不寛容になりがち」で『そう思う』は38%となり,いずれも『そうは思わない(「どちらかといえば」を含む)』を大幅に上回った。
過去の結果をみると,98年の『そう思う』が両方ともほかの年より多い。これは,95年3月に地下鉄サリン事件が起こり,オウム真理教による一連の事件が明らかになった影響があると思われる。宗教問題も含めて継続的に世論調査を実施している「日本人の意識」調査でと,裁判で教団による凶悪な事件が次々と明ら
かになり,すぐに人々の記憶から消えるような状況ではなかった。98年に“宗教の危うさ”を感じる人が多いのは,このことも影響していると考えるのが自然であろう。
男女年代別に「平和より争いをもたらす」の『そう思う』と答えた人の18年の結果をみると,まず男女差が大きいことが分かる。男性50%に対して女性37%と,男性のほうが「争いをもたらす」と考えている人が多い。また,「信仰心の強い人は不寛容」の『そう思う』でも,男性41%,女性35%となっていて,「平和より争いをもたらす」より差は小さいながらも(有意差はあり)同じような傾向となっている。「宗教の危険性」については,男女で差があることが特徴と言えよう。
6. 宗教別の関心
イスラム教徒への否定感
最後に,各宗教について人々がどんな印象を持っているのかをみていく。
各宗教徒に対する肯定感・否定感について尋ねた結果である。『肯定的(「どちらかといえば」を含む)』の比較的高い「仏教徒」(32%)・「キリスト教徒」(26%)と,比較的低い「ユダヤ教徒」(8%)・「ヒンズー教徒」(8%)・「イスラム教徒」(7%)に分かれた。「ユダヤ教徒」「ヒンズー教徒」「イスラム教徒」の『肯定的』については,「無信仰者」への『肯定的』(19%)より少なくなっている。
「イスラム教徒」については,『否定的(「どちらかといえば」を含む)』(21%)がほかの宗教徒に比べて多くなっている。なお,どの宗教徒についても「どちらともいえない」「わからない」が多いのも特徴である。
他の宗教徒より多かった「イスラム教徒」の『否定的』に着目して男女年代別にみると,男女で違いがあった。『否定的』は女性(17%)より男性(25%)で多く,男性は年齢がイスラム教徒の印象を,5章の(2)で取り上げた「宗教は平和より争いをもたらす」の回答別にみると,『そう思う』でイスラム教に対して
『否定的』と答えた人の割合が多くなっている。
「宗教心の強い人は不寛容」の『そう思う』でも同様の傾向がある。宗教に危うさを感じること
と,イスラム教徒を否定的に捉えることの関係性を示唆する結果であると言えよう。
上がるほど高くなるのに対して,女性は年齢が上がるほど低くなる傾向がある。
イスラム教徒に対する回答と別の質問に対する回答の関係性をみると,表4のようなことが浮かび上がった。
本リポートでは最後に,2019年4月から新たに始まる外国人労働者の受け入れと日本人の宗教観について触れたい。
外国人材の受け入れを拡充するため,改正出入国管理法が2019年4月から施行された。
政府によると,新たな在留資格で今後5年間に最大34万5,000人余りの受け入れが見込まれているという。少子高齢化が進む日本の現状を考えると,将来的に受け入れ人数がさらに増えることも予想される。
7. まとめ
以上,日本人の宗教に関する意思や行動の変化についてみてきた。これまでの本リポートの内容を簡単にまとめると次のようになる。
①信仰している宗教の割合は変わらないものの,信仰心は薄くなり,神仏を拝む頻度は低くなっている。
②日本人の伝統的な価値観だと捉えられてきた
“お天道様が見ている”“人知を超えた力の存在”“自然に宿る神”といった感覚を持つ人は少なくなっている。
③宗教に「癒やし」などの役割を期待する人は減少している。宗教に危険性を感じる人は,感じない人よりも多い。
④宗教徒別では,「イスラム教徒」への否定感がほかの宗教徒に比べて高い。
これらを最大公約数的に言い表すとすれば,「宗教の形骸化・希薄化が進んでいる」,もしくは「宗教離れが進んでいる」となるかもしれない。ただし,宗教への関わりの深さは心の問題であって,たとえ拝む頻度が少なくなったとしても,必ずしも信仰心が薄くなったと言えるわけではない。
このように,宗教について論じることは非常に難しい。こうしたことに十分に留意しながらも,本リポートでは最後に,2019年4月から新たに始まる外国人労働者の受け入れと日本人の宗教観について触れたい。
外国人材の受け入れを拡充するため,改正出入国管理法が2019年4月から施行された。
政府によると,新たな在留資格で今後5年間に最大34万5,000人余りの受け入れが見込まれているという。少子高齢化が進む日本の現状を考えると,将来的に受け入れ人数がさらに増えることも予想される。
この影響については宗教学者の間でも注目されていて,例えばイスラム教に詳しい東京大学の池内 恵
さとし教授は,日本人には各人の思いのままに信じるものを選べばいいという考えがあるが,イスラム教などの一神教にはそもそも信仰について人間が選択できるような余地はないとして,この違いが日本に来る外国人との何らかの摩擦に発展しないかと危惧している。
日本ではこれまで,宗教について深く考えたことのなかった人も多いだろう。しかし,異なる宗教観を持った人たちが,今後,隣人となる機会が多くなったらどうなるだろうか外国人との付き合いが増える中で,少なくとも今まで以上に宗教について考えなければならないケースが出てくると思われる。
そんなとき,本リポートが日本人の宗教観を示す基本的なデータとして多少なりとも役立つかもしれない。
(こばやし としゆき)