創作 義母の家 8)

2023年10月14日 10時29分42秒 | 創作欄

大沢の手が幸恵の背中を引き寄せる。

幸恵は目を閉じる。

そして、幸恵は心を咎めるものがないことを自身怪しみながら大沢の熱い唇を受ける。

大沢は自らこのように能動的になってことが過去にはなく、激しい幸恵の息遣いに触れ、かえって水を浴びせられる思いに囚われた。

大沢はむしろ、こんな衝動に襲われたことに、罪悪感さえ感じていた。

「あの妻を裏切るのだ」

大沢は見合い結婚した妻に、忘れがたい男が居たことを結婚後、知ることに。

初夜の日、妻は「あ~あ~孝雄さん!」と叫んで果てる。

自分の名前ではなかったことに、言い知れぬ複雑な思いとなる。

性の絶頂を迎え恍惚として、妻は忘れられない男の名を無意識にも口走ったのであろう。

妻に興ざめする大沢の童貞からの卒業の初夜である。

大沢の複雑な心の動きとは全く正反対に、幸恵は性の衝動に突き動かされ、体の深いところが完全に燃え上がってしまったのだ。

「私は、大沢さんが思っているような女ではないの。下品な女なのよ」

幸恵は何故、そんなことを口走っていたのか、自分自身で解らなくなる。

幸恵は自身の性への衝動を怪しみながら、点在する港の灯かりに目を転じた。

大沢は「下品な女」の意味を図りかねていた。

大沢は自身の元来の内向性から、出ることも引くことできないほど心の複雑さに混乱する。

大沢は自分で行動を決められない状態に堕ちるのだ。

幸恵は、「自分の方で何とかしてやらなければ、この人はダメなのね」と胸の内で思う。

それが母性本能であったのか、彼女自身解からなかった。

「抱いて」幸恵は大沢の右手を自身の浴衣の胸に導く。

そして、「わたしって、どうかしている」と消え入るように呟く。

その声が大沢には聞き取れなかったのだろう「何です?」と上から幸恵の顔を覗き見る。

幸恵は大沢の頭上に瞬く星を見詰める。

「こんなにも星が数知れず天空に散らばっていたの!」それは都会では絶対に見られない天体ショーであった。

「私をどこかへ連れていってね」幸恵の声のうわずりは、下品な女の意味を体現しているようであった。

幸恵は桟橋に打ち寄せる波に、この熱い身が飲み込まれたらとも思うのだった。

南紀勝浦の周辺には、越ノ湯、赤湯、浦島、貴志ノ湯、外ノ湯などの諸湯があり、宿湯のあるものは島陰に隠れるように明かり灯していた。

荒波が洗う崖の上にそれらし灯影が見られた。

島影に近い閑静な場所に簡易旅館があった。

宿の人は、浴衣で現れたのっぴきならない様子の二人の立場を察する。

そして、素っ気なく部屋の一番奥へ二人を導いた。

心得顔の中年の宿の女は、和服姿の膝を揃えて「ごゆっくり、なさいませ」と型通りの挨拶をして、頭をていねい下げてから部屋を後にした。

大沢は太い溜息をついて、部屋を見回す。

通された部屋は6畳ほどで、家具はベッドと小さな廊下のソファーと部屋の窓際にある縦長の鏡の化粧台だけだった。

部屋には小さな温泉内湯があって、先に幸恵が入浴する。

湯に浸かった幸恵は、「私はこれで、義母の家へは顔を出せる身ではなくなるのね」と思わず涙ぐむのだ。