<恋愛経験が少ない男は、過去の恋愛相手に執着する>
ある人の指摘だった。
私は、思えば恋愛経験は乏しかった。
常に、密かに相手を一方的に好きになっただけだった。
だから、心を深く重ねた恋愛経験とは言えないだろう。
小学生の時の白川玲子は、父親が仕事でアメリカに渡り、彼女も4年生の時にアメリカへ行ってしまった。
玲子は常に赤い靴を履いていた美少女だったのだ。
そして、中学生時代は、中井錦子を好きになる。
その彼女は級長で、教師たちが日教組の会合で学校を離れた時間に教師の代行を務めていた。
そして、錦子は「南君、答えて」と真っ先に私のことを指名する。
それは、私が苦手な算数問題であり、私は答えられない。
「では、佐野君」
私は数学が得意な佐野直樹君に嫉妬する。
高校の時に密かに憧れたポニテールの青木純子は、祖母がフランス人で絵画に描かれたの少女肖像に似ていたのだ。
鼓笛隊(ブラスバンド)の先頭で指揮棒を振るドラム・メジャーで、愛想を振りまき颯爽とした優雅な歩行であった。
その青木純子に似た女性が大学の体操科にいて、私は国文科なのに選択科目として体操科の授業を受けることになる。
だが、言葉を交わすこともなかった。
さらに、高校時代には、近所にいた画家の娘の北島美登里にも心を寄せていた。
美登里をモデルとした裸体の油絵を、上野の美術館で観た時は、私にとって大きな衝撃となる。
実は、私も北島画伯に請われて裸体のモデルになったが、その油絵は展示されなかったのだ。
その美登里に似た多田茂子には、同窓生の彼氏が居たことも知らずに、自宅に3度ラブレターを送ってしまった。
思えば、私は何時も誰かに憧れたり、好きな人が居た。
仕事関係の人も好きになったこともあるが、残念ながら既に婚約者がいたのだ。
その人は、偶然にもアイドルの従妹だったのだ。
ここに記すと相手に迷惑をかけるだろうから控えたい。
午前7時に部屋に戻ってきた尚子に、私は文句を一言も言えない立場になっていた。
彼女の過去の日記を盗み読んだことに対する<懺悔の気持ち>からだった。
「時ちゃん、本当に朝まで待たせて、ナオちゃん深く謝るわ。本当にごめんなさいね」
尚子の微笑みは、心外にもとても爽やかだった。
そして、彼女は畳に両手に手付けて、深く頭を下げるのだ。
「今朝はね、ナオちゃん心まで、温めたいわ」二人は手をつなぎ、青山の早朝風呂へ向かう。