出来事の本当の意味を知る

2023年10月30日 11時36分07秒 | その気になる言葉

▼人間の善性を信じ続けることが必要だ。

▼自身の変革が社会変革につながる。

▼理想を<生きた現実>に具現化する。

ここでは「探求」の意義を知ることができた。

▼人生の肯定や復興、再構築を探求することによって、人間の暴力がもたらす深い悲しみを、自分自身を見直す機会へと変えることだ。

▼本を読む効果は、教養、知識が身につくほか、語彙が豊かになる。

認知機能の低下をふせぐことにもなる。

▼人間協和の社会を築く。

▼あの出来事には、こんな意味があったのか?

ドラマや小説を読んで、出来事の本当の意味を知る。

事実は小説よりも奇なりである。

▼何かで不採用になっても、可能性は何一つ傷ついてはいない。

卑屈になるな、怯む心の隙間に魔が入る。

▼立派な人が立派な人を創る。

 


誰でもが偉大な可能性を持っている。

2023年10月30日 10時15分53秒 | その気になる言葉

▼そもそも本には、ほとんど人間の悩みや、それぞれの課題(壁)の対処法が綴られ、先人の知恵が山ほど結晶している。

▼本を読むことは、書き手と読み手の魂が打ち合う<精神の格闘>。

読書をし抜いた人が、最後に勝つ。

▼「孤独を解消」孤独防止が不安解消のキーポイントだ。

まず自分から<仲間>をつくることが大切だ。

▼幸福は結局、自分でつかうものだ。

▼本の内容を誰かに伝えることで、記憶が脳に定着するものだ。

▼アンドロイド(ロボット)に対して「人間として残るものは何か」「人間とはなにか」を考える機会でさあり、未来の危険性だけでなく、可能性を考えるチャンスかもしれない。

▼天空よりも壮大なる光景が人の魂の内奥にある―ユゴー

▼自分らしく生きていけばいいのだ。

自分の人生を切り開くのは自分自身である。

▼誰でもが偉大な可能性を持っている。

 

 


人間らしい心とは

2023年10月30日 09時13分33秒 | その気になる言葉

▼釈尊と、ふつうの人の違いはなにか?

それは「自分の尊さ」を自覚しているかどうかだ。

それだけの違いだ。

それを自覚し、実際にその力を引く出すために信仰がある。

つまり、人生の師匠の「生命哲学」「生きる指針」を深く信奉し、生活の場で実践することだ。

▼「人間らしい心とは」

例えば、中学生の友人が自殺した。

学校がどうこうということではなく「今の日本に共通する課題」としての、大事な問題を含んでいる。

友人が亡くなったのだから、ただ呆然と悲しむことが、人間らしい反応である。

そして友人の死に、打ちのめされることが人間らし心だ。

みずからの命を絶った人が、それまでに、どれほど苦しんだかだ。

そして、どれほど「生きたい」と願っていたかだ。

だれが好き好んで、自殺するだろうか?

だれが「自分の命が大切ではい」人がいるだろうか。

それなのに、どうしても生きていられなかった、その苦しさ、悲しさ、ずたずたにさた心。

それを、生きている間に、周囲はわかってあげられなかった。

だから、せめて死後くらいは、「わかろう」と、想像の橋をかけるべきだ。

そして、黙って泣くことが、祈ることが、残された人が、まず、すべきことだ。

それなのに、「自殺した人は、命の尊さをしらない」と言われたり、あつかわれたら、死んだ友人が、あまりにもかわいそうだ。

生きているときも、わかってあげようとせず、死んでからも、悪いことをしたように裁いてしまう現実がある。

それは、あまりのも、冷たい。

言うまでもなく自殺は絶対にいけない。

自分の命も他人の命も、宝物であって、傷をつけてはならない。

今の社会は、「苦しんでいる人といっしょに苦しむ力」が弱まっていることが問題だ。

そういう力が弱まっているから「命の軽視」という風潮が広がっているのではないだろうか。

だから、死んだ人を一歩的に悪くいったりしないで、生きている間に、みんなが敏感に、温かく、友人を支えてあげなければいけない。

「命の大切さ」といっても、それを現実のものにするのが「愛情」であり、人間の「情味」だ。

「温かさ」「優しさ」だ。

それがないと、口だけで、いくら「生命を大切に」と言っても、何にもならない。

言えば言うほど、うそや偽善になっしまう。

勉強すればするほど、心は耕される。

そして、「温かさ」「親切さ」「優しさ」が身に付くのだ。

勉強すればするほど、「冷たい人間」になるのでは、何もならない。

学んだ意味もなくなる。

「生と死」の哲学を学ぶことが大事なのだ。

 

 

 


創作 今は亡きナオちゃん 8)

2023年10月30日 06時52分35秒 | 創作欄

<恋愛経験が少ない男は、過去の恋愛相手に執着する>

ある人の指摘だった。

私は、思えば恋愛経験は乏しかった。

常に、密かに相手を一方的に好きになっただけだった。

だから、心を深く重ねた恋愛経験とは言えないだろう。

小学生の時の白川玲子は、父親が仕事でアメリカに渡り、彼女も4年生の時にアメリカへ行ってしまった。

玲子は常に赤い靴を履いていた美少女だったのだ。

そして、中学生時代は、中井錦子を好きになる。

その彼女は級長で、教師たちが日教組の会合で学校を離れた時間に教師の代行を務めていた。

そして、錦子は「南君、答えて」と真っ先に私のことを指名する。

それは、私が苦手な算数問題であり、私は答えられない。

「では、佐野君」

私は数学が得意な佐野直樹君に嫉妬する。

高校の時に密かに憧れたポニテールの青木純子は、祖母がフランス人で絵画に描かれたの少女肖像に似ていたのだ。

鼓笛隊(ブラスバンド)の先頭で指揮棒を振るドラム・メジャーで、愛想を振りまき颯爽とした優雅な歩行であった。

その青木純子に似た女性が大学の体操科にいて、私は国文科なのに選択科目として体操科の授業を受けることになる。

だが、言葉を交わすこともなかった。

さらに、高校時代には、近所にいた画家の娘の北島美登里にも心を寄せていた。

美登里をモデルとした裸体の油絵を、上野の美術館で観た時は、私にとって大きな衝撃となる。

実は、私も北島画伯に請われて裸体のモデルになったが、その油絵は展示されなかったのだ。

その美登里に似た多田茂子には、同窓生の彼氏が居たことも知らずに、自宅に3度ラブレターを送ってしまった。

思えば、私は何時も誰かに憧れたり、好きな人が居た。

仕事関係の人も好きになったこともあるが、残念ながら既に婚約者がいたのだ。

その人は、偶然にもアイドルの従妹だったのだ。

ここに記すと相手に迷惑をかけるだろうから控えたい。

午前7時に部屋に戻ってきた尚子に、私は文句を一言も言えない立場になっていた。

彼女の過去の日記を盗み読んだことに対する<懺悔の気持ち>からだった。

「時ちゃん、本当に朝まで待たせて、ナオちゃん深く謝るわ。本当にごめんなさいね」

尚子の微笑みは、心外にもとても爽やかだった。

そして、彼女は畳に両手に手付けて、深く頭を下げるのだ。

「今朝はね、ナオちゃん心まで、温めたいわ」二人は手をつなぎ、青山の早朝風呂へ向かう。