仕事の道楽化

 仕事が道楽になることを目指しています。

ラジオ体操の動き・・・たぶん1%の人しかできていない正しい動きがこれ

2022年08月31日 | 体育

 ラジオ体操は、多くの団体や会社で行われている。

 簡単で、しかも体の多くの部位を動かせる。

 健康に資するという意味では、今も(これからも)大きな価値がある。

 

 ほとんどの人は、小学校で学んだ動きを大人になってからも続けていることだろう。

 その「小学校で学んだ動き」には、実はポイントを外している動きがある。

 一般の方々にとっては、ポイントを外した運動であってもいいと思う。

 体を動かす爽快感を味わってもらえれば十分だと思う。

 

 しかし、小学校の教員をしている方には、より正しい動きを意識していただきたい。

 なぜかというと、その教員が指導した動きが、そのまま大人になっても引き継がれるからである。

 

 「せめてこの動きは指導できるようになってほしい。」というポイントがある。

 とりあえず2つ紹介する。

 

1 背伸びの運動(1番初めの運動)

  イチニイの「ニイ」で、しっかり腕を上に伸ばす。(「ニイ」の段階で腕を下ろす人がいる。)

  「ニイ」で伸ばした後に、サンシで横に下ろす。

 この動きができると、背筋がグンと伸びている感じがわかると思う。

 この運動は、できている方もいると思う。

 しかし、次の運動は、ほとんどの小学校教員ができていない。

 これまで私た見た限り、できる人は1%くらいではないだろうか。

 

 

2 足を曲げ伸ばす運動(2番目の運動)

 かかとはほとんど床につけない。

 かかとをつけるのは、次の時だけ。

 「イチ イ サン ゴー ク シチ チ」の大きな文字の時だけ、一瞬かかとを床につける。

 かかとを床につけないので、ふくらはぎの筋肉をよく使っていることが分かると思う。

 なんとなく動いた時と、かかとをつけるタイミングを意識して動いた時とでは、かなり違うことに気づくのではないだろうか?

 (終わりに動画のリンクを貼っておくので、動きはそちらでご確認ください。)

 

 たかがラジオ体操と思うかもしれないが、正しく動くことができれば、それだけ運動効果は高い。

 小学校の教員であれば、初めてラジオ体操を学ぶ小学生に、より正しい動きを指導できるようになっていただきたい。

 なんとなく動いた場合と、ポイントを意識して動いた場合では、筋肉の使い方が違ってくることを比較させながら指導すれば、おもしろいと思う。

 

 正しく動けばそれだけ筋肉はほぐれ、筋力も高まる。

 運動効果、ダイエット効果は高まり、その動きは美しい。

 

 ラジオ体操は、動画を見て真似をするのが手っ取り早いかもしれない。

 動画はこちら・・・ラジオ体操の動画

 

 図解もある ・・・ラジオ体操の図解

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電子書籍で読み、自分の読書ノートを作る

2022年08月30日 | 本と雑誌

 読書は、紙の本を基本にしていたが、今後は電子書籍を使うことも多くなりそうだ。

 読みやすさや満足感は、紙の本が優れている。(私にとっては)

 しかし、電子書籍の方が優れている点もある。

 例えば、

1 かさばらない。

  何冊読んでも、タブレットの中に電子データで保存されるので、かさは増えない。

 

2 字の大きさが選べる。

  自体や字の大きさ、明るさなどを選べるので、読み易い。

 

3 自分の読書ノートが作り易い。結果として、繰り返し読める。

  自分がメモした箇所を保存してとって置けるので、その要点だけを繰り返し読める。

  

 本日は、「3 自分の読書ノートが作り易い。結果として、繰り返し読める。」について、少し詳しく書くことにする。

 自分のiPadには、次の読書ノートがある。

 

 アイコンをクリックすると、自分がメモをした文章が出てくる。

 次のように。

 

 自分が心に残った文章なので、繰り返し読むことで、さらに記憶に残る。

 

 

 

 

 使用環境については、次の3つである。

 使っているタブレットは、iPad

 電子書籍は「Kindle」

 読書ノート用に「グッドノート」を使っている。

 

 次の動画を参考にしながら、自分の読書ノートを作った。

iPadで簡単にできる本を知識に変える超効率読書術【iPad読書術】

 

 読書ノートは、繰り返し読めるところが気に入っている。

 読書ノートを作ることで、どんな本を読んだのかという記録にもなる。

 これまで読みっぱなしだったので、読書からの学びの質が、少しでも高まるといいなあ。

 

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月刊誌「致知」2022年9月号からの学び・・・現役を貫く人間国宝の陶芸家である井上萬二氏

2022年08月27日 | 修養

 93歳でいまなお現役を貫く人間国宝の陶芸家である井上萬二氏のインタビューも学びが多かった。

 言葉の1つ1つに、仕事への向き合い方や生き方について学ぶことがあった。

 

○ やっぱり仕事をしている時が一番健康的ですよ。

 

○ 率先して先輩が仕事をしやすい環境を整え、あらゆる雑務を手伝い、その中から観察して技を盗んでいきました。

 

○ 何事も自分一人で鼻開くことはありません。いろいろな人たちの遠き慮りや心配りがあって、それに応えるだけの努力をしたかどうかによって結果が表れてくるものです。

 

○ 私は本当に運がよかったと思います。運というのは誰にでもやってくるけど、その運を掴むには、やっぱり努力ですよ。

 

○ (お坊さんから「努力というのは良くない。女の股の力と書くでしょう。精進と言ってください。」と言われたことに対して、)

  「努力が本当だ」と思い至ったんです。(中略)母親のおかげで修業を続けることができたんです。結婚してからも、私は仕事一筋に徹して、子供のおむつ替え一つしたことがない。 全部、家内がやってくれた。俺は女の力のおかげで今日があるんだから、努力と言って間違いない。

 

○ 働き方改革なんてとんでもない。「これ以上働くな」「努力をしても仕方がない」って意識に陥ったら、日本は経済的にも社会的にもたちまち潰れてしまいますよ。

 

○ アイデアというのは、仕事をすればするほど、いくらでも浮かんでくるんです。やらないと浮かんできません。

 

○  これまで500名以上の陶芸家を指導してきました。その中でプロとしてやっていけている人は1割にも満たないくらいですが、器用な人ほどなかなか上達しません。

  往往にして器用な人は簡単にできてしまうがゆえに、努力しようという心に乏しいんです。

  器用さよりも、人並み以上に一所懸命努力する人が伸びていくんです。

 

○  現在の目標はニューヨークで個展を開くこと

 

○  ただ闇雲に努力するのではなくて、目標を持って努力していくことが肝要だと思います。

 

○  いつまでも現役で、心は万年少年の気概で、きょうも作陶に魂をこめていくのみです。

 

 

 どの言葉も実践してきた人ならではの重みがある。

 93歳でも「目標はニューヨークで個展を開くこと」という目標が語れるところが素晴らしい。

 井上氏は、休日や遠出をした際には、美術館に行ったり、神社仏閣を見たりして学んでいるそうである。

 仕事を続け、学び続けていることで、いつまでも若々しいのだろう。

 

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「半日断食で病気知らず 薬いらず」を書いた玉那覇康高氏は、気力充分の95歳である

2022年08月24日 | 修養

 玉那覇康高氏の「半日断食で病気知らず 薬いらず」を読んだ。

 玉那覇氏は、沖縄在住の薬剤師。西式健康法に出会い、少食や西式健康法の普及に努めている方である。

 

 この本では、「西式健康法」や「西式甲田療法」のよさを、現代の最新研究の観点から解説しているところが良かった。

 

 例えば、少食や空腹がなぜ良いか

 

○ 空腹状態のときに、サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)が活性化する

○ 空腹状態のときにオートファジー(細胞の新陳代謝)が促進される

 

などの良さが明らかになっている。

 

 それらを解説しているところが良かった。

 

 欲を言えば、「ケトン体」にも触れてほしかった。

 朝食を抜くときに、よく言われるのが「脳はブドウ糖で動いている。朝食を取らないとブドウ糖が供給されないので、頭が働かない」である。

 飢餓状態になると、ブドウ糖ではなく、「ケトン体」がエネルギー源になる。

 だから、朝食を取らなくても脳は十分動くのである。

 逆に、消化にエネルギーを使わないので、脳はクリアーに働く。

 (そもそも朝食をとるようになったのは、江戸時代からである。)

 

 

 

 この本を読んで、一番元気をもらったのは、「おわりに」という最後に書いているところである。

 著者の気力に満ちあふれている。

 これから先、何をしたいかという夢を語っている。

 2022年現在で95歳の著者は、次のように書いている。

 

○ 皆さんが病気になる根本の原因が「薬漬け」、そして「食べ過ぎ」であることに気づけば、状況は変えられます。

○ 本書を各市町村のリーダーに配り、市民・町民・村民の健康に役立ててもらえるよう、働きかけるつもりです。

○ ゆくゆくは、どこか特定の地域にこの健康法を広め、モデルケースとなる「健康村」を作りたい

 

○ それが広まり、日本中、世界中の皆さんが健康で長生きできるようになることが、私の思い描く未来です。現在95歳の私ですが、いたって真剣に考えています。

 

 いかがだろう。

 自分も95歳まで長生きしたとして、玉那覇氏のような夢を語れるだろうか?

 

 実は、著者がこの本で述べている西式健康法の一番の素晴らしさは、この「あとがき」にこそあらわれていると考えている。

 このような文を書ける玉那覇氏の体力や気力が、いかに充実しているかが伝わってくる。

 

 

 西式健康法を実践することで、心身共に健康で過ごすことができる。

 95歳という年齢になっても、夢を語れる。という「気力」「体力」ともに充実したお手本を見せてもらえている。

 

 自分も玉那覇氏のように、高齢になっても夢を語れるようなおじいちゃんになりたい。

 いや、「玉那覇氏のように俺はなる!」(と、少しワンピースのルフィーのような高揚感も感じさせてくれる本である。)

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月刊誌「致知」2022年9月号からの学び・・・石井十次の利他の生き方

2022年08月22日 | 修養

特集テーマは、「実行するは我にあり」

 今月号も学びが多かった。

 

 例えば、児童福祉のパイオニア「石井十次の歩いた道」

 執筆者は、曾孫である児島草次郎氏。

 石井十次は、明治の変革期に行き場を失った孤児を三千人救済した人である。

 徹底した利他の精神で生きた。

 

 驚くのは、若くして亡くなっていることである。

 48歳。

 初めて孤児を引き取ったのが、十次が22歳のときだから、26年間で三千人の孤児を救済したことになる。

 (22歳で孤児救済を始めたというのもすごい。)

 十次が亡くなった後も、その遺志は引き継がれているので、十次の存在があったことで、更に多くの孤児は救済されたことになる。

 

 1893年には、孤児の数は300名ほどになったという。

 十次は1865年生まれだから、28歳のときである。

 22歳から始めた孤児救済が、6年後には、300名もの数になっているということになる。

 

 希望が持てるのは、数年間でも大きな仕事ができるという点である。

 自分は50歳半ばであるが、世のため人のためになるような大きな仕事ができそうである。

 

 十次の優しさは母親譲りのようである。

 こんなエピソードが紹介されていた。

 

 母はとにかく優しい人でした。隣近所の貧しい家庭を支え子供たちに対して我が子のように面倒を見ていたといいます。そんな母との間に、あるエピソードがあります。 

 七歳の頃、十次は母が夜なべして織ってくれた新しい帯を巻いて秋祭りに出かけました。神社の境内につくと、ボロの浴衣の上に縄の帯を締めた同級生の松(まつ)ちゃんが皆からいじめられている。十次は勇気を出して割って入り、それから深く考えず、松ちゃんの縄の帯と自分の新しい帯を取り替えてしまうのです。 口先ではなく、まず自分の何かを差し出し実行する母の姿が染みついていたのでしょう。

 家に帰り、帯がない理由を恐る恐る母に話すと、「お前、いいことをしたね」と褒められました。

 明倫堂での学びと愛情あふれる父母の教育が十次の人格の基盤をつくったのです。 

 

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鍵山氏の言葉「したたかな人間にならない」・・・傷つきやすい、感受性豊かな人間でありたい

2022年08月20日 | 修養

 毎日、鍵山秀三郎氏の日めくりカレンダー「良樹細根」で学んでいる。

 特に好きなのは、次の言葉

 

 「したたかな人間にならない」

 

 これだけでは、どういう意味かは分からないけれども、説明には、こう書いてある。

 

 「人間はいくつになっても、純粋で優しい心を失ってはいけません。小さなことに対しても傷つきやすい、感受性豊かな人間でありたいものです。」

 

 

 50歳を超えた今でも、人のちょっとした言動に傷つくことはある。

 もっとタフでないといけないのかなあと思うこともあった。

 

 しかし、

 

「したたかな人間にならない」

「いくつになっても、純粋で優しい心を失ってはいけません。」

「小さなことに対しても傷つきやすい、感受性豊かな人間でありたいものです。」

 

という言葉に触れると、

「傷ついてもいいんだ」「自分は周りの人が傷つく言動はしないようにしよう」という気持ちになります。

 

 (ただ、年を取るといいのは、傷つくようなことがあっても、次の日にはすぐに忘れられるところですね。)

 

 

 

 

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鹿屋航空基地史料館を訪れた・・・「特攻」ではない攻撃を選んだ美濃部氏

2022年08月18日 | 修養

 令和四年度の全国戦没者追悼式が、先日行われた。

 追悼の辞というのは、心に響く。

 追悼の辞を聴くたびに、特に私達が忘れてはならないことを、遺族代表の方が述べられていた。

 それは、追悼の辞の中の次の部分である。

 

 今日のわが国は、世界有数の経済大国となり、平和と自由を享受しておりますが、これは、国の命運を決する戦いに際して、最愛の家族の安寧を願いつつ、懐かしい故郷に思いを馳せながらも、一身を顧みず、精魂込めて戦い、散華された戦没者の犠牲の上に築かれているものであることを私たちは決して忘れてはなりません。 

 大槻健一さん(83歳)の追悼の辞より。

 

 散華された方々は、家族やふるさと、そしてこの国の未来が少しでも良くなるようにと願っていたはずである。

 その方々の願いに応えられるような生き方になっているだろうか。

 それを振り返るためにも、知覧の特攻平和会館に足を運んだり、関係者が書かれた本を読んだりするようにしている。

 

 今年は、鹿屋航空基地史料館を訪ねることができた。

 

 ここには、知覧特攻平和会館と同じように、特攻で散華された方々の資料が展示してある。

 残された手紙を読むと、背筋が伸びるような気がした。

 軍隊では、検閲があったので、どれだけ本音がかけたかは分からないが、「家族や故郷、国を守るために特攻に行く」という気持ちはひしひしと伝わってきた。

 

 鹿屋航空基地史料館で、特に心に残ったのは、美濃部正氏の言動である。

 美濃部氏は、特攻ではなく、夜間の攻撃を提言し、実行した方である。

 感銘を受けたのは、次の言動である。 

 

○ 「全員特攻をさせる」という作戦方針が決まりそうだった会議で、「特攻の掛け声ばかりでは勝てるとは思えません」と反対した。

 これは、命令に逆らったということで、抗命罪で死刑になる可能性がある発言である。しかも、美濃部氏は、その会議では末席の立場だった。

 命をかけての発言だったはずである。

 

○ 隊員を夜間飛行訓練で鍛え、特攻ではなく、夜間の攻撃で戦わせ、戦果を上げることで、上層部を納得させた。

 

 美濃部正氏の考え方や行動を学ぶために、書籍を購入した。

 

 石川真理子著「五月の蛍

 

 渡辺洋二著「彗星夜襲隊 特攻拒否の異色集団

 

 

 鹿屋航空基地史料館の展示品を色々と見ていると、知りたいことが出てくる。

 

○ なぜ美濃部氏以外に、特攻以外の戦法を提案する人がいなかったのか?

 

○ 特攻を命じた上層部の人間で、戦後も生き続けた人は、どのような気持ちで生きていたのだろうか?

 (「特攻は志願だったから、自分の命令ではない」というのは詭弁だろう。特攻を命じ、死を選択させた責任がある。)

 

 書籍を読むことで、少しでも答えに近づくといいなあ。

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竹内和雄氏の著書「10代と考えるスマホ」に学ぶ、適切なネット利用

2022年08月16日 | 本と雑誌

 竹内和雄氏の著書「10代と考えるスマホ」を読んだ。

 学びが多い本だった。

 ネットの利用時間が長い生徒は、国語も数学の点数が低いことがわかる。

 4時間以上の生徒はかなり低い。

 ただ、一番点数が高いのは、数学も国語も1時間未満の生徒で、全くしない生徒よりも高い。

 社会への関心も自分自身への満足度も、ネット利用が1時間程度の生徒が1番高い傾向が見られる。

 

 

 ここからは、感想であるが、インターネットが普及するよりも昔は、学力が高い児童生徒のには、2つの特徴が見られた。


 それは、「テレビの視聴時間が短い」と「決まったお手伝いをしている」である。

 テレビの視聴時間が短いというのは、家庭にルールがあり、そのルールを守らせることができる教育力があるということであろう。

 また、お手伝いをするということで、見えない学力を育むことができると考えられる。さらに、自分以外の家族の役に立つことをしている自分に対する有用感も育まれたと考えられる。

 この2つは、心のブレーキとアクセルをコントロールできる子に育てられるという面がある。 

 

 テレビの視聴時間を短くすると言うのは、「心のブレーキをかける子」に育っていると言える。

 お手伝いと言うのは、自分の体を使って、何か役に立つことをするという「心のアクセルを踏むことができる子」を育てられていると考える。

 

 今は、ネットの利用時間によって、「心のブレーキをかけることができる子」に育っているかどうかが分かるということだろう。

 

 この本には、ネットの利用時間と学力の関係以外にも、いろいろなデータや著者の見解が示されている。

 

 例えば、

 ネット利用に関するルールの決め方のポイントである。

 「大人が勝手に決めたルール」「自分だけで決めたルール」は、なかなか守りづらい。

 大人や学級の友達と一緒に、話し合って決めるのが、ポイントになりそうである。

 ルールの視点には、時間、場所、お金、マナーなどがある。

 

 あとがきに書いてあった言葉も印象深い。

 

 「ネットは道路と同じです。使わなければ事故は起きませんが、子供たちに使わせないわけにはいきません。」

 「道路とネットは似ていますが、違う事は、ネットは道路と違って自衛が容易と言うことです。」

 

 中学生向けの本ではあるが、大人が読んでも充分学びがある。

 保護者や小中学校の教員にはとてもオススメである。 

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中島らも氏の傑作「ガダラの豚 Ⅰ〜Ⅲ」を読んだ。

2022年08月15日 | 本と雑誌

 中島らも氏の傑作「ガダラの豚 Ⅰ〜Ⅲ」を読んだ。

 

 初めて読んだのは、1993年の夏だっと思う。

 社会人になった初めての年。夏休みのはじめに読んだ。

 分厚い単行本だったが、あっという間に夢中になり、ページが残り少なくなると、「楽しみは、もうこれだけしか残っていないのか・・・」と、残念に思ったのを覚えている。

 

 今は、文庫本で3冊構成になっている。

 超能力やマジック、呪術などをからめた話ではあるが、人間の心の光や闇を描いており、面白い。

 中島らも節が全開である。

 

 

 主人公は、民俗学の学者である「大生部 多一郎」アル中で、テレビの人気タレント教授である。

 他の登場人物もキャラクターがはっきりしており、楽しい。

 助手で少林寺拳法の使い手である道満光彦

 インチキ超能力を暴く手品師のMr.ミラクル

 超能力者の清川

 各巻は、次のような話である。

 

 Ⅰは、怪しい新興宗教の教祖に騙された主人公の奥さんを助け出す話。

 Ⅱは、テレビ局の特番でアフリカへと家族で旅立ち、大呪術師であるバキリから大切なものを奪い返す話

 Ⅲは、復讐のために、東京にやってきたバキリと対決する話

 

 ホラー映画好きの中島氏なので、流血場面も多い。

 それが苦手でなければ、おすすめです。

 

 脚本が良くできたエンターテインメント映画を見たような楽しさを味わわせてくれる本である。

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旬のものを食べたくなる本・・・水上勉氏の「土を喰う日々」(映画公開も決定!)

2022年08月14日 | 本と雑誌

 水上勉氏の本「土を喰う日々」を読んだ。(「喰う」は、「くらう」と読む)

 副題には、〜わが精進12ヶ月〜とある。

 水上氏は、九つの時から十八歳の頃まで禅宗のお寺で暮らし、精進料理を覚えたそうである。

 酒飲みの老師の食事(つまみ?)を作り、鍛えられたそうである。

 氏は次のように書いている。

 「僕に、自慢のできる料理などありはせぬが、ただ畑と共にいて、旬を喰うぐらいの才覚があると言えばすむだろう。」

「僕が、この文章に「土を喰う日々」と題したのも、実は僕の精進料理、つまり、本孝老師から習った料理法が、土を喰う日々であったからである。」

 

 水上氏が、1月から12月までに、どんな料理を作り、食べてきたか、客人に提供してきたかが書いてある。

 今では、スーパーに行けば四季に関係ない食材も手に入るが、この本にはそういう食材は出てこない。

 というより、出てきようがない。山や畑にある四季折々の食材を、どのようにして素材の良さを引き出すかを考えて料理している。

 

 やってみたいなあと思ったのが、「くわいの丸焼き」である。

 とれたてのくわいを、餅焼き網の上でじっくりと焼くだけの料理である。

 次のように描写している。

 「この場合、あんまりコロコロと転がしたりしてはならない。焼くのだから、じっくりと焼かねばならぬ、あぶるのではない。もちろん、皮なんぞはむいていない。したがって焼けたところはきつね色に焦げてきて、次第に黒色化してくる。この頃あいを見て、転がす。すると、焼けた皮がこんがりと、ある部分は青みがかった黄色い肉肌を出し、栗のように見える。」

 

「僕は、この焼き上がったクワイを大きな場合は、包丁で二つに切ってさらに乗せて出した。小さな場合はまるごと二つ。脇に塩を手盛りしておく。これは酒飲みの老子の大好物となった。」

 

 実は、自分は「くわい」なるものを食べたことがない。しかし、上記の食べ方は、里芋やじゃがいもでもできそうな気がする。

 そして、きっと美味いのだ。

 

 

 この「土を喰う日々」に出てくる食材や調理法は、自分には馴染みがないものが多い。

 しかし、なんとなく美味しそうなのである。

 

 いずれは自然農法で、自分の食べる食材は育てたいと考えているので、この本は参考になる。

 

 「この本を映像化して見ることができると、もっとイメージがわくんだけどなあ」と思っていたら、何と映画が公開されるそうである。

 タイトルは、「土を喰う十二ヶ月」、主演は沢田研二氏、料理研究家の土井善晴氏が料理担当をするそうだ。

 公開は2022年11月11日(金)とのこと。楽しみである。

 映画の公式サイトはこちら・・・「土を喰らう十二ヶ月

 

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「月刊誌「致知」2022年8月号からの学び」3・・・養老孟司氏は健康診断を受けない

2022年08月11日 | 修養
 前回は、「「月刊誌「致知」2022年8月号からの学び」2・・・養老孟司氏の「二十代をどう生きるか」を書いた。
 

 

 養老孟司氏の「二十代をどう生きるか」では、他人と比べない」「自分の物差しを作れ」と主張されている。

 

 その「他人と比べない」を徹底している養老氏は、面白いことを書いている。

 

 「これは他人に勧めるわけではないが、私は健康診断を不要と考え、一度も受けたことがない。あれはつまるところ平均値と自分との差を測るものだからである。人間の体が他人と異なるのは当然であり、平均と比べることには何の意味もないと私は考える。」

 

「健康は他人に頼るものではなく、自分で責任を持つものである。そして自分の体がどこでバランスを崩すのかを見極めて置けるのは、まだ体力に余裕のある若い時である。二十代は全ての基礎を作る時である。その大切な時に、自分のしっかりした物差しを作っておくことはとても大切である。」

 

 養老氏は、健康診断を受けないそうである。

 (たしか、作家の曽野綾子氏も、「60歳を超えてからは、人間ドックも定期健診も受けていない」と書いたのを読んだことがある。)

 

 私も、実は健康診断は受けたくない。バリウムという異物を体に入れるのがとても嫌なのだ。

 血圧の基準値も昔と変わってきており、違和感を感じている。

 (私は、上が140、下が85くらい。今では高血圧と言われるが、昔は上の血圧は「年齢+90」が目安だったので、私は昔の目安であれば145までは正常値となる。)

 

 そもそも現代医学(西洋医学)は、急性の病気や怪我への対処には優れているが、慢性病への対処や予防という点では信頼できない点がある。

 

 急性の体調不良になったら、病院のお世話になると思うが、通常はなるべく行きたくない(あ、歯医者は別です。年に1〜2回行くようにしています。歯を保つため)

 

 

 50歳を超えると、自分の体がどんな時にバランスを崩すのかの見極めは、だいぶできるようになってきた。(と思う)

 

 私の場合、健康に過ごすための毎日の心がけとしては、

○ 空腹の時間を作る。

○ 腹八分目を心がける。

○ 適度に運動する。(体を動かして働く)

○ 笑う 感動する

○ 睡眠を適度にとる

○ 何らかの遊びや学びをする

というところだろうか。

 健康に過ごせるありがたさを、日々感じています。

 ありがとうございます。

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「月刊誌「致知」2022年8月号からの学び」2・・・養老孟司氏の「二十代をどう生きるか」

2022年08月10日 | 修養

 月刊誌「致知」で、毎回楽しみにしている連載がある。 

 それは、「二十代をどう生きるか」である。

 各回の著名人が、二十代をどう生きたか、どう生きるとよいかを書いてくださっている。

 今回は、養老孟司氏。

 二十代は、「自分の物差しを持てるようになれ」である。

 小学2年の時に敗戦を迎えた養老氏は、それまで学校で教わった内容が否定され、教科書も墨で塗らされた。

 そんな養老氏は、

 

「私は言葉というものをあまり信じていないし、生きた人間がいかに信用できないかということを身に沁みて痛感している。」

 

とのことである。

 

養老氏は、「自分の物差しを持てるように」なるために、次のようなことを勧めている。

 

 

「自分が夢中で打ち込めるものを見つけること」

 

「学びというものは、五感を通じて行うことが大事である。」

 

「私が勧めるのは、デフォルトではない脳の働きを育てることであり、その際に有効なのが、一見無意味に思われる作業に黙々と没頭する時間を持つことである。今は死語になったが、こうした営みを昔は”修行”と呼んだ。」

 

 

 要するに、「夢中になるものを見つけ、没頭せよ」ということだろうか。

 

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充実した夏休みの1日・・・海釣り編

2022年08月04日 | 釣り

 充実した夏休みの1日となった。

 

 2ヶ月ぶりの船釣りである。

 場所は宮崎県南部の海。

 朝イチだけ雨。うねりは少しだけ残っていたが、問題なし。

 

 素晴らしい景色に癒される。

 

 

 

 

 気心の知れた仲間や船長さんたちと、ワイワイ言いながら楽しんだ。

 

 

 私が、この日釣ったのは、3匹。

 100cmくらいのオスのシイラ、150cmくらいのヤガラ、75cmくらいの真鯛。

 

 

 どれも大物だったので、クーラーボックスに入れるのがやっとだった。(ヤガラは入らなかったので、海の上で頭を落としてきた。)

 

 まずは真鯛を捌いたのだが、大きすぎてまな板に全然入らない。

 シンクの中で下処理をした。(贅沢な悩みである。)

 

 

 刺身は絶品。頭や中骨は、焼いた後に味噌汁にした。

 捨てるところは内蔵とエラだけ、あとは全て美味しくいただきました。

 夏休みの最初のイベントとしては、最高の1日となった。

 次は何をしようかなあ。 

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