珠玉の音楽に囲まれて

オーディオのこと、音楽のこと、思いついたまま記していきます。
by 横浜のVienna Acousticsファン

システムを寝かす

2014-06-29 11:16:07 | オーディオ
早くも2014年も、折り返しとなりました。オーディオ含めて公私共に中身の詰まった半年ではなかったかと、思います。熱戦が続くW杯も後半戦です。アジア勢に突き付けられた世界の壁は、想像以上に高かったようです。ここからが世界基準の総力戦の始まりです。まだまだ熱い毎日が続きます。金曜日は大学のサークルつながりで銀座で飲み会でした。1次会、2次会ともワイン中心でしたが、案外リーズナブルに楽しめました。横浜での飲み会と違って、帰りの時間を気にしなければなりません。と言っても旧交を温める場は時間が惜しいものです。翌日休みを言い訳にして、地元駅に戻ってきたのは深夜1:00でした。

ワインではありませんが、システムを寝かすという話題です。オーディオでは「何を弄っても音が変わる」と、よく言われますが、このところ拙宅ではシステムをほとんど弄っていません。変化点と言えば、昨年末にデジタルイコライザDEQ2496の調整を追い込んだこと、今年に入ってHUBを2重接続にしたこと、3月に真空管を交換したこと、です。これでも十分大きい変化と言えますが、先日、システムを敢えて弄らないことも、実は大事ではないかと感じることがありました。きっかけはデジタル再生時の音飛びでした。原因を探る過程で棚から牡丹餅的にDEQ2496の効果を実感することができました。


音飛びが生じたのは、5月の連休明け以降です。頻度は数曲に1回程度で許容できない状況となっていました。普通に再生できていたハイレゾ音源(24bit/96kHz)に至っては、途切れ途切れになりほとんど再生できません。これまで部屋の照明のオンオフと連動して音が飛ぶことはあったので、電源対策がノーガードであるDEQ2496をまずは疑いました。DEQ2496を外してUSB-DDC(JAVS X-DDC Plus)から直接AIT DACに接続すると、問題なく再生できます。ここで、レファレンスとして使っている花*花の「朱い馬」をかけた時に、それまで聴いていた定位感や音像の大きさとの差異を感じました。


DEQ2496を導入してボヤッと感じていたことに、"歌い手がそこにいる感じ"が増してきたことが挙げられます。ヴォーカル(口)の大きさが小さくなりました。おそらく半年間で私自身の耳も、DEQ2496を介した定位表現に慣れたのでしょう。DEQ2496を外した音に、違和感を感じたのは初めてです。導入当初では、ここまでの違いを感じれたかどうか。システムを寝かしている間に、実は耳の熟成が進んだというわけです。オーディオのコンポーネンツを装置、部屋そして人と捉えた菅野さんのフレーズを思い出します。つい弄りたくなるオーディオですが、しばらく我慢するのも一手ではないでしょうか?

さて音飛びですが、結局は光ケーブルの差し込みの甘さが理由でした。上記の状況ですから、さすがにDEQ2496を外すという選択は採りたくありません。再度、ケーブルを差し直して音飛びは解消されました。となると、次はDQQ2496の足回りをしっかりさせたくなります。いつまで管球王国の上に載せているんだ、とお叱りも来そうです。ADコンバータが必要になりますが、アナログとの組み合わせも真面目に考えねばなりません。逆に周波数軸上での調整ができないDSD再生は、私の中ではプライオリティがますます下がる気がしています。

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BOさんを招いて

2014-06-23 21:51:51 | オフ会
土曜日は、GW中に訪問させていただいたBOさんとのサウンド交流でした。電車でお越しのBOさんを最寄駅まで迎えに上がり、13時過ぎから交流スタートです。横浜方面は、梅雨の晴れ間で少々暑めでした。そろそろ、真空管アンプに灯を入れるのを躊躇し始める時期です。勿論、メインシステムの音を聴かないことには始まりません。冷房は曲と曲の間に限定し、再生中はなるべく音楽だけを聴いていただくようにしました。長い曲では、蒸し暑さを感じられたかも知れません。それでも1曲1曲にご丁寧な感想をいただき、ありがとうございました。場所を居酒屋に移してのサウンド談義も楽しかったです。

拙宅はファイル再生が基本ですが、再生時にはCDのパッケージを手に取っていただくようにしています。前回の訪問でBOさんがクラシック、ジャズを中心に聴かれていることが判り、ほとんどの曲をこの2大ジャンルから選びました。積み上げられたCDからも分かるようにジャズを多めにしましたが、居酒屋さんの談義で、BOさん自身はクラシックを聴く比率がずっと高いことを知り、少し反省です。シェリングのベートーベン、ヴァイオリン協奏曲はBOさんにお貸しいただいた1枚です。フィリップスの録音の特徴なのか、オーケストラの響き、ヴァイオリン演奏の丁寧さが伝わってきて、曲への親しみが増していました。


対するアナログはアットランダムです。BOさんは若かりし頃、Zeppelinの日本公演に行って、その凄まじいエネルギー感を実体験されたそうです(羨ましい!)。デジタルの方で「Whole Lotta Love」をかけたので、結局、レコードの方はDeep Purpleにしました。青春時代の早い段階からロックやソウルに走った故に、逆に邦楽との接点は薄かったと伺いました。そんなこともあって、デジタル、アナログを通じて邦楽は2曲まで、でした。それでも「伊勢崎町ブルース」では、昭和歌謡の音作りの話題になりました。演奏やアレンジに垣間見られる音への拘りは、現在は失われてしまいましたね。


EL34も交換して3か月になり、メインシステムもすっかり、落ち着いてきました。弄らなくていいのであれば、それに越したことはありません。暫く関西方面に出張していたので、灯を入れるのは約10日ぶりでした。ウォーミングアップ兼ねてこの日は、午前中から音出しです。


BOさんのご感想です。ヴォーカル、楽器に共通する音の柔らかさがあるとのご指摘でした。それが真空管アンプV40SE、イコライザDEQ249、AIT-DACの何れに依るものかは、私自身も分解はできていませんが、言わんとされている事は分かる気がしました。刺のある音が無いという点では、DEQ2496の効果かも知れません。BOさんの様子を横から拝見していましたが、特にグリモーによるモーツァルトのピアノソナタは好印象だったようです。拙宅よりずっと広い部屋をお使いのBOさんが、シェリングのヴァイオリン協奏曲を違和感なく聴けたとのこと。音場はしっかり広がっていたようです。

サウンド交流の後は青葉台に移動し、軽い感想会でした。オーディオの話が中心でしたが、話題は広がりました。BOさんは私に比べるとずっとオーディオ歴が長く、クラシックの録音にもお詳しいです。音が良いこと、つまりオーディオの経験で見えてくるクラシックの世界は確かにあるようです。持って来ていただいたブルックナーを聴くのはまだ、先になりそうですが、まずはカラヤン&ベートーヴェンから始めてみようと思ってます。近距離ですので、また気軽に交流させてください。
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書写山、円教寺

2014-06-18 22:50:01 | その他
関西方面への出張中の日曜日、姫路の書写山に行ってきました。午前中はW杯の日本代表の初戦を見てましたが、残念ながらの逆転負け。気持ちを切り替え滞在先から出かけました。書写山には1000年の歴史がある天台宗の園教寺があります。西の比叡山とも呼ばれ、西国三十三所にも選ばれています。長谷寺や室生寺など関西の山寺は独特の深みがあって個人的にも好きな空間です。園教寺も想像以上に奥深くて立派なお寺でした。

姫路駅に着くと、大河ドラマ「黒田官兵衛」とのタイアップした新快速が止まっていました。ここから米原、長浜方面へ4都道府県を跨いでの運行です。


書写山へは神姫バスで向かいました。歩くにはかなりの距離があります。バスの車中から、改修中の姫路城が見えました。ずいぶんと白い、白鷺城ですね。隣のクレーンよりも、むしろ違和感を感じます。これが本来の白さなのでしょうか?


円教寺へはロープウェイを使って上るのが一般的ですが、この時期は陽が長いです。参道を登ることにしました。しっかり整備された道ですが、所々にこのような岩場も出てきます。


姫路方面の眺めが素晴らしいです。霞んで確認はできませんでしたが、瀬戸内海まで見えるようです。ロープウェイ頂上駅はもうすぐです。


ハイライトの一つ、摩尼殿です。新緑の重なりが清々しいです。


摩尼殿の舞台からの眺めです。深呼吸したくなります。


さらに奥には大講堂、食堂、常行堂があります。映画「ラストサムライ」や、それこそ「黒田官兵衛」でも使われたとか。とは言え秀吉(官兵衛の側)は歴史的にはお寺へ乱入した立場です。痛し痒しというところでしょう。


食堂は2階へ上がることができました。そこからの大講堂です。


建造物が山中に点在していて、歩くのにはそれなりに時間がかかります。汗もかいたところで一服です。嬉しいことに、千年杉に因んだバームクーヘン付きでした。


帰りも同じ参道を下りました。麓まで来るとちょうどロープウェイが上り始めたところでした。流石に夏至近くです。下山してもまだ陽は高い位置にありました。機会があれば兵庫の古寺や、吉備路の国分寺にも行ければと思案中です。
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World Cupの思い出

2014-06-15 07:27:37 | その他
4年に一度のサッカーの祭典、ブラジルW杯が開幕しました。リアルタイムでW杯を見たのは78年ですから、40年近い付き合いになります。大会の名シーンは今でも脳裏に焼き付いてます。瞬時に当時にトリップできるという点では、時代時代で耳に刻んだ音楽と一緒ですね。現在でこそ日本代表はコンスタントに出場を果たしていますが、80年代はW杯は果てしなく遠い場所でした。初出場がかかった85年の最終予選、国立競技場での韓国戦に足を運びましたが1-2で敗戦。その韓国ですら本番では列強に歯が立たない時代が続きました。現在の日本代表の姿に、年月の長さを感じます。

この間、世界のサッカー情報も溢れるようになりました。さほどのサッカーファンでなくとも、ロナウド、メッシ、ネイマールといったビッグネームは聞いたことがあるのではないでしょうか?昔はサッカー誌が主たる情報源でした。映像ではテレビ東京のダイヤモンドサッカーが毎週土曜日の楽しみでした。ペレ、クライフ、ベッケンバウアーといった面々は私にとっては昔の人で、リアルタイムで接したスーパースター選手はマラドーナからです。私の本棚で年季を誇っているのは、勿論ステレオサウンドではありません。懐かしい大会特集号と共に、10年区切りで振り返ってみます。

82年スペイン大会の2次リーグ、イタリア―ブラジル戦の翌日は、化学の期末テスト(高校)でした。前半だけ見て寝るつもりだったのですが、布団に入っても寝付けません。結局最後まで見ることに。ジーコを中心にした当時のブラジルのサッカーは今でも称賛されていますが、堅守速攻のイタリアに屈しました。この日、イタリアの全得点をたたき出したロッシ選手はその後も得点を重ねイタリアを優勝に導きました。4年後のメキシコ大会は何と言ってもマラドーナの5人抜きと神の手です。あのプレーを見せられれば、フーリガン(熱狂的なイングランドファン)はぐうの音も出なかったでしょう。


90年代に入るとJリーグが始まり、日本には遠かったW杯がようやく見えてきました。93年のドーハの悲劇を経て、フランス大会出場を決めた最終予選の決勝シーンは時代の扉でもありました。90年は西ドイツ、94年はブラジルが優勝しましたが、全般的に守備偏重の大会が続き、すこし重苦しいイメージが残りました。風向きが変わったのがフランス大会で、ジダン擁する地元フランスが列強の仲間入りです。この大会で4強に進んだオランダは、通年のマイベストチームです。タレント豊富で攻撃的、ブラジルやアルゼンチン相手に試合を支配する姿にトータルフットボールのDNAを感じました。


2002年に日本でW杯が開催されたことやベッカムの来日で、日本においてもW杯の認知度は高まりました。日本も1次リーグを突破できる実力がついてきましたが、ここから先はとてつもなく厚い壁が待っているはずです。2010年に初めてW杯を制したスペインは、82年の自国開催から28年かけての優勝です。歴史が差を作り、差が歴史を作る・・・差が埋まらないわけです。この点ではクラシック音楽も同じかも知れません。最近は世界中の選手が欧州のクラブでプレーしています。戦術のグローバル化が進み、個人技の南米VS組織の欧州というような単純な構図ではなくなりました。


ちなみに私にとっての名勝負ベスト5は年代順に
 イタリアVSブラジル 82年2次リーグ
 フランスVSブラジル 86年準々決勝
 西ドイツVSイングランド 90年準決勝
 イタリアVSスペイン 94年準々決勝
 ブラジルVSオランダ 98年準決勝
です。どうしても欧州、南米勢の試合になってしまいます。

開催国ブラジルは好スタート、前回優勝のスペインはオランダに大敗スタートとなりました。熱い1ヶ月になるのは間違いありません。できれば上記のベスト5に入れ替わるような名勝負を見てみたいものです。当然、それはライブでなければなりません。時差12時間は少し早起きすれば対応できますので、案外寝不足にならないで済むのではないでしょうか?
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Randy Crawford

2014-06-08 20:04:17 | フュージョン/Instrumental
急な暑さが続いた後、横浜方面も梅雨入りしました。衣替えが過ぎたとは言え、長袖が手放せないですね。梅雨に入ったと見られる・・・という曖昧な表現をニュースで耳にしましたが、昔に比べると梅雨入りも梅雨明けも境目がぼやけているようです。この梅雨が終わると入道雲の季節です。冷夏なんて予想もありますが、夏は夏らしくあって欲しいと思います。かなりの雨量となった土曜日、家内の?回目の誕生日祝いを兼ねて、神田「花ぶさ」に行ってきました。食後は酔い覚ましに地下鉄で神保町方面へ。古瀬戸珈琲店で一休みしてから三省堂に寄って帰路に就きました。雨の日の喫茶店もいいものです。


さて、久々の音楽の話題です。今回は黒人女性シンガーRandy Crawfordを取り上げます。といっても、私自身、リアルタイムでの接点はなく、90年代半ばにたまたま買ったThe Crusadersの『Street Life』を通じて聴くようになりました。1曲だけの参加ですが、洗練されていながら、演奏に負けないブルース色を持った歌はインパクト十分でした。歌詞もいいですね。都会、深夜、暗闇・・・シーンが目に浮かびます。小中学生の当時、レコード屋にはコンテンポラリーなる区分けがあったのを憶えています。意味もわからず通りすがっていたのですが、70年代後半は、この手の曲が溢れていたのでしょうね。


デビューアルバム『Everything must change』です。76年の作品ですが、日本盤のライナーの記事は79年となっています。上記「Street Life」の大ヒットを受けての来日記念として遡って発売されたようです。参加メンバーはThe Crusadersの面々や、Larry Carltonですから気合が入っています。15歳でプロ歌手となり、72年にGeorge Bensonに見い出された経歴がその背景にあるのでしょう。このアルバムを聴いて感じるのは、多様な歌への対応の幅です。バラードは出色で、ライブの2曲も素晴らしいですが、Larry Carltonのアコースティックギターをバックにした「Only your love song lasts」に惹きつけられます。


これは番外編?、とは言え86年のオリジナルアルバム『Abstract Emotions』です。90年代初めのトレンディドラマの挿入歌として「Almaz」が使われていたことは憶えています。吉田栄作、山口智子、田中美奈子といった面々です。ドラマ自体は見ていませんでしたが、やたらとブラウン管からこのバラードが流れていました。当時は上述の『Street Life』は未入手ですから、歌い手がRandy Crawfordであることは、意識していませんでした。先日、アナログ盤で歌い上げる「Almaz」に接し、ようやく話がつながった次第です。あの頃から既に20年以上が経過しました。"光陰矢のごとし"を実感します。


というわけで、アナログ、デジタルに限らず、彼女の作品を集めています。アナログ盤は盤質の良いものも入手しやすい印象です。一番上にあるアナログ盤、83年の『Nightline』は、AOR色も入った好盤です。当時は、それこそ柔いAOR路線は避けていましたが、現在は、全て水に流してといった感じで聴いてます。一方、CDは『Everything must change』を含む、初期のアルバム5枚のセットを購入しました。近年になってJoe Sampleとの作品も複数出ています。デジタルの方は新旧取り混ぜて、ということになりそうです。まだ現役でもあるので、来日の機会を待ちたいです(貫禄はついてるでしょうが)。
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