7月の3連休の中日は、銀座のサウンドクリエイトでNuforceのセパレート式アンプを購入しました。Giuliaさんにも参加いただいた試聴の印象がよく、算段がついたところで導入するつもりでした。個人としては初のセパレート式アンプですが、セカンドシステム向けです。まだ慣らし運転中で、私自身の耳も慣れたところで導入記をアップしたいと思います。この日、東京地方はまだ梅雨明け前でしたが、なんとなく梅雨の終わりを感じさせる天候でした。朝から車を車検に出し、その後銀座を回って、再度、車を取りに行くという慌ただしい連休中日となりました。
その翌日の海の日は、関西出張に絡めて岡山方面に足を延ばしました。スイートサウンドさん宅訪問以来ですから約2か月ぶりとなります。にらさんからお薦めの寿司屋さんを紹介いただいたのですが、残念ながら定休日でした。お店の前で休みを知るのは応えますね。岡山ですからなおさらですが、こればかりは次回の楽しみにとっておくしかありません。気持ちを切り替えて次なる目的地、備中高松を目指しました。備中高松は秀吉・官兵衛軍による高松城水攻めの舞台となった場所です。初めての吉備線に揺られて備中高松駅に到着です。
駅から5分ほど歩くと高松城址があります。広がる田園風景の一角に観光スポットが突然現れる感覚です。城址内には蓮が広がっていて、ちょうど花も見頃でした。周囲は山に囲まれ、確かに水攻めされそうな場所です。
前日に見た大河ドラマはでは、偶然ですが高松城主、清水宗治の自刃のシーンがありました。放送の最後に、ゆかりの地を紹介する時間枠があるのですが、辞世の句が刻まれたこちらの碑が紹介されていました。この地から秀吉の天下取りが急加速します。
備中高松を後にして、向かうは国分寺、さらには総社方面です。奥の山々は、秀吉、官兵衛が構えた辺りでしょうか?吉備路は自転車動が整備されています。消えかかっていますが、道の両脇の白線を見失わないように気をつけました。
吉備路の田園風景で目に付いたのが鶴です。自転車道の脇に、鶴の拠点となっている林がありました。写真では判りにくいですが、白く点在しているのは鶴です。数羽でも珍しいと思って見ていましたが、群れには驚きました。このようなサプライズは歓迎です。
しばらく進むと造山古墳に到着です。日本で4番目のスケールだそうです。中にも入れるようですが、国分寺の姿がまだ見えなかったこと、何より炎天下だったことから、先を急ぎました。
本日のメインである五重塔がようやく見えて来ました。ホッとします。存在感があります。この写真から電柱、電線を除けばいにしえの風景とも大差はないでしょう。備中国分寺に関心を持ったのは、BS放送の「日本縦断こころ旅」がきっかけです。還暦を過ぎた火野正平さんが、視聴者から寄せられたこころの風景を自転車で訪ねる番組です。番組は長続きしているので、支持者が多いのでしょう。放送時期は忘れましたが、この場所がこころの風景に取り上げられていました。
近くから見るとこんな感じです。高さ約35mの柔らかい表情の塔です。江戸時代末期に再建されました。奈良時代は50mの七重塔だったそうですからもっと存在感があったことになります。
本堂もいい雰囲気でした。少しずつですが陽がオレンジ色を帯びてきました。
もっと居続けたいところですが、翌日から仕事です。国分寺を後にして総社駅を目指します。
名残惜しく、完全に見えなくなるまで何度も振り返りました。
総社まではかなり距離がありました。駅に着いた頃にはすっかり夕景です。吉備線を使って岡山に戻る手もあったのですが、早く戻れる、倉敷経由の伯備線に乗りました。
前日は、岡山方面はゲリラ豪雨だったようです。また梅雨明け後しばらくして35度超えの酷暑になったことを考えると、梅雨明け初日のこの日を選んで正解だったと言えます。機会があれば倉敷や尾道も行きたいですね。勿論、お寿司のリベンジも果たせねばなりません。
その翌日の海の日は、関西出張に絡めて岡山方面に足を延ばしました。スイートサウンドさん宅訪問以来ですから約2か月ぶりとなります。にらさんからお薦めの寿司屋さんを紹介いただいたのですが、残念ながら定休日でした。お店の前で休みを知るのは応えますね。岡山ですからなおさらですが、こればかりは次回の楽しみにとっておくしかありません。気持ちを切り替えて次なる目的地、備中高松を目指しました。備中高松は秀吉・官兵衛軍による高松城水攻めの舞台となった場所です。初めての吉備線に揺られて備中高松駅に到着です。
駅から5分ほど歩くと高松城址があります。広がる田園風景の一角に観光スポットが突然現れる感覚です。城址内には蓮が広がっていて、ちょうど花も見頃でした。周囲は山に囲まれ、確かに水攻めされそうな場所です。
前日に見た大河ドラマはでは、偶然ですが高松城主、清水宗治の自刃のシーンがありました。放送の最後に、ゆかりの地を紹介する時間枠があるのですが、辞世の句が刻まれたこちらの碑が紹介されていました。この地から秀吉の天下取りが急加速します。
備中高松を後にして、向かうは国分寺、さらには総社方面です。奥の山々は、秀吉、官兵衛が構えた辺りでしょうか?吉備路は自転車動が整備されています。消えかかっていますが、道の両脇の白線を見失わないように気をつけました。
吉備路の田園風景で目に付いたのが鶴です。自転車道の脇に、鶴の拠点となっている林がありました。写真では判りにくいですが、白く点在しているのは鶴です。数羽でも珍しいと思って見ていましたが、群れには驚きました。このようなサプライズは歓迎です。
しばらく進むと造山古墳に到着です。日本で4番目のスケールだそうです。中にも入れるようですが、国分寺の姿がまだ見えなかったこと、何より炎天下だったことから、先を急ぎました。
本日のメインである五重塔がようやく見えて来ました。ホッとします。存在感があります。この写真から電柱、電線を除けばいにしえの風景とも大差はないでしょう。備中国分寺に関心を持ったのは、BS放送の「日本縦断こころ旅」がきっかけです。還暦を過ぎた火野正平さんが、視聴者から寄せられたこころの風景を自転車で訪ねる番組です。番組は長続きしているので、支持者が多いのでしょう。放送時期は忘れましたが、この場所がこころの風景に取り上げられていました。
近くから見るとこんな感じです。高さ約35mの柔らかい表情の塔です。江戸時代末期に再建されました。奈良時代は50mの七重塔だったそうですからもっと存在感があったことになります。
本堂もいい雰囲気でした。少しずつですが陽がオレンジ色を帯びてきました。
もっと居続けたいところですが、翌日から仕事です。国分寺を後にして総社駅を目指します。
名残惜しく、完全に見えなくなるまで何度も振り返りました。
総社まではかなり距離がありました。駅に着いた頃にはすっかり夕景です。吉備線を使って岡山に戻る手もあったのですが、早く戻れる、倉敷経由の伯備線に乗りました。
前日は、岡山方面はゲリラ豪雨だったようです。また梅雨明け後しばらくして35度超えの酷暑になったことを考えると、梅雨明け初日のこの日を選んで正解だったと言えます。機会があれば倉敷や尾道も行きたいですね。勿論、お寿司のリベンジも果たせねばなりません。