珠玉の音楽に囲まれて

オーディオのこと、音楽のこと、思いついたまま記していきます。
by 横浜のVienna Acousticsファン

RME Babyface導入

2014-08-31 09:53:42 | オーディオ
久々にアナログの話題です。部屋の影響への対策として、ルームチューニング材によるアプローチと、イコライザによるアプローチを併用してきたことは、これまで記事にした通りです。趣味ですからアプローチに万人向けの正解はないものと思っていますが、なるべく部屋の雰囲気を損なわず、かつ、痒いところに手が届く方法として、両者のハイブリッド方式を採用しています。重みとしては2:8くらいで、後者重視です。実際、アナログのオシレータの出力を連続的に変化させた際に現れる、複雑な定在波の影響を耳にして、これをチューニング材だけで追い込むのは大変だろうと感じていました。


ただしイコライザはデジタル方式ですので、アナログプレイヤーの扱いをどうするかは、課題でした。理屈ではAD変換してDEQ2496にデジタル信号を渡せばいいわけですが、せっかくのアナログ信号をデジタル化することへ心理的抵抗は少なからずありました。それでも世田谷のOさんの取り組みや、小林悟朗さんゆかりのADコンバータを使っているpat_mthny7205さんのを目にしています。イコライザを通さないデメリットと天秤にかけ、ここはアナログも一旦デジタル化することを選びました。駄目であれば戻せばいいのですが、そのためにもリーズナブルなADコンバータを探す必要がありました。

新しく仲間に加わったのは、RME製のオーディオインタフェースBabyfaceです。私自身、RMEの存在を知ったのは4、5年ほど前でしょうか。PCオーディオが普及しはじめた頃の雑誌で知りました。上位機種のFirefaceはPCオーディオのフロンティアの間でも一定の評価を得ていました。BabyfaceはRME製品の入門機です。アキュフェーズのDG58はアナログ入力がありますが、いかんせん高価すぎますし、DEQ2496と機能が重なります。AyreもQA-9というADコンバータを出していますが、やはり0の数が一つ多いです(苦笑)。引き返すことも視野に入れた上で、選択肢として残ったのがBabyfaceだったというわけです。

ケーブル類はBabyfaceの背面に差します。向かって右のD-subコネクタを介して様々な信号が行き来します。この先にフォノイコライザからの出力をRCAケーブルでつないでいます。電源は向かって左側のUSBケーブル経由で供給します(コンセント→USB端子のついた充電タップ→USBケーブル→Babayfaceの順です)。ADコンバート後のデジタル信号は光ケーブル経由で出し、


DEQ2496に入力します。DEQ2496にはデジタル入力が2系統(同軸×1/光×1)ありますが、Cuboxからのデジタル再生を最終的に同軸で受けている関係で、残った光入力を使います。光ケーブルはセカンドシステムの映像系で使っていたキンバーケーブル品を持ち込みました。


プロ向けの製品ということもあり、用語の定義がちんぷんかんぷんで、音が出るまで2時間ほどかかってしまいました。最初に音が出てからもノイズとの格闘でしたが、これは単純にアナログ入力のゲインの設定の問題でした。途中、Oさんにもメールで確認しましたが、①デジタル音源と同程度のボリュームになるようにする、②オーバーゲインはさせてはいけない、とのコメントをいただきました。当初、ノイズまみれの音がでていたのはオーバーゲインだったようです。アナログ入力のゲインは中央のロータリー・エンコーダーで行います。ゲインを適正化するといつものレコードの音が復活しました。


こちらはDEQ2496側の画面です。デジタル入力を同軸XLRから光に切り替えます。96kHzの信号をきちんと受け取っていることがわかります。2496の名称からもわかるようにDEQ2496が扱えるのは96kHz/24bitの信号まで。最近のハイレゾ音源は192kHzが珍しくありませんから、上を望みたくもなりますが、拙宅のデジタル音源は9割9分、44.1kHz/16bit音源です。むしろ、アナログ再生即ちハイレゾ再生である現況を良しとしたいと思っています。


デジタル化されたアナログの音に違和感はありません。ちゃんとダストノイズもADコンバートされてますので安心?しました。DEQ2496は半年ほど聴き続けた後に評価しましたが、本件も同じスタンスで臨みます。まずはとっかえひっかえ、レコードを聴きたいですね。作戦では定位感がさらに上向くはずですが・・・。デジタルとアナログは別モノと割り切ってそれぞれを追求される方もいらっしゃるでしょう。登るべき山を二つお持ちの方です。私の中では山は一つで、登山ルートが二つあるイメージが形成されてきました。果たして二つのルートは頂上で交差するのか?そんなことを考えながら一歩踏み出しました。
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Nuforce HAP-100 & SAT-100

2014-08-24 11:03:18 | オーディオ
お盆明けの最初の週は関西方面への出張でした。暑さの中にも、雲が高くなったり、蝉の声(西日本はシャーシャーですね)が弱まったりと、夏の終わりの雰囲気が出てきました。甲子園も準々決勝あたりからは赤トンボが飛び、秋の顔が覗くと、昔NHKのアナウンサーが言っていました。さて、セカンドシステムの向けのNuforceのセパレートアンプを購入して、1ヶ月ほど経過しました。この間、家を空けることが多く、エージングのペースはゆったりです。それでも真空管に灯を入れるのは躊躇するこの時期です。時間をみつけて、両アンプのならし運転を重ねてきました。

私自身、実はセパレート式アンプを使うのは初めてです。Nuforceはハイエンド向けのアンプが有名ですが、ここで選んだのはデスクトップ向けのシリーズです。向かって右がプリアンプのHAP-100、左がパワーアンプのSAT-100です。筐体のデザイン、サイズが統一されていて、すっきりと卓上オーディオを楽しみたい人向けの製品です。これまでMusicaの小型のプリメインアンプint30を使ってましたが、グレードアップ目的で導入しました。HAP-100にはヘッドフォン出力もあります。SPで鳴らすことに拘りを持っていますが、部屋の影響を排除した元の音を知ることは、SPを使う上でも役に立つだろうと思った次第です。


デスクアンダーの様子です。セカンドシステムでは映像も楽しめるように、安価なブルーレイプレイヤーも組み込んでいます。ラック最下段にはクリーン電源があり、ラックの段数が不足しました。int30であればエソテリックのD-07の横に置けたのですが、セパレートアンプには一段を確保する必要があります。アンプの上部空間を確保したかったこともあり、ブルーレイプレーヤーをD-07の上に配置することで対処しました。SAT-100は意外に熱を持ちます。本題から外れますが、机の下にラックがあると足を伸ばせません。たていては椅子の上で胡坐をかいてます。記事のアップやネット徘徊も基本、ここでやってます。


まだエージング中ですが、筐体のイメージ通り、すっきりとした見透しのいい音、そんな印象を持っています。ピアノとの相性がいい感じです。まだ硬さも残りますが、ここは時間の経過を待ちたいと思います。音以外にいくつか気になる点があったので、お店に問い合わせています。
 ①SAT-100電源投入時のポップノイズ
 ②無音時の背景ノイズ
 ③HPA-100のプリのボリューム位置と音量の関係
について、丁寧に回答いただきました。②はNuforce特有のフィードバック機構の裏返しだそうです。ノイズキャンセルのために加える信号が、SPの能率によっては聴こえるとのことです。①は取説にも記載されていて問題なしでした。一定の音量を出すのに、HAP-100のボリュームをかなり回さないといけない印象がありましたが(特にint30との比較において)、ボリュームと抵抗値間のカーブ設計の問題とのことでした。

さて、セカンドシステムから外れたint30ですが、小ぶりながら濃密な音を出していたことに、改めて気づきました。これは、なかなか素晴らしいアンプです。中古買取に出そうと思いましたが、留まりました。間もなく導入5年になりますが、一度も問題を起こすことなく使えています。コストパフォーマンスもよいので、これからネットオーディオやPCオーディオでSPを鳴らそうとする、若い方に薦めます。私自身も、狭い和室での活用を思案し始めたところです。ソース系はCuboxにコンパクトなDAC、SPは木の良さを生かした製品・・・想像するのは楽しいです。


2011年のステレオサウンド誌Vol.179にヘッドフォンに焦点を当てた小林悟朗さんの記事があります。SPで聴くことと、ヘッドフォンで聴くことを両輪としていたことが書かれています。新しい音源はまずヘッドフォンで聴き、SPで鳴らす音を想像したそうです。現在の拙宅のメインシステムは、SPの存在を消し部屋自体を鳴らす方向にあります。部屋の影響が出音にどう載るのか、耳(+頭)で把握しておくことは、何かしらのプラスになるはずです。HAP-100の導入にはそんな思惑も入っていました。急ぎではありませんがヘッドフォン選びもゆるりと楽しめればと思っています。
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アルプスの花々

2014-08-21 00:30:53 | その他
先日の北アルプス/烏帽子岳登山で見つけた高山植物からいくつか紹介します。厳しい環境に育つゆえに花は小ぶりですが、短い夏を謳歌する姿に惹きつけられます。若い頃は花より景色だったのですが、自身の年齢的な嗜好の変化もあり、花にも意識が向かうようになりました。ガーデニングを通じて花木への関心が高まったこともあります。高山植物は種類が多く、なかなか顔と名前が一致しません。それでも代表的な花は、ようやくつながるようになりました。こちらは烏帽子小屋の前に咲いていたイワギキョウです。


ここで群生している花は、現在も昔も登山者に人気があります。その花は、


高山植物の女王と称される、コマクサです。砂地を好んで咲きます。可憐な姿は女王といった感じではありませんが、この花を見かけるとアルプスに来たことを実感します。大学時代の山のサークルの機関紙の名前もコマクサでした。


自然が生み出した花束です。見事なコーディネーションです。


こちらは名前がわからず・・・。


イワツメクサです。星座の如くです。


人気のチングルマです。葉も美しいです。実の姿や紅葉も楽しめます。


コイワカガミです。こちらは常緑です。


ナナカマド(樹木)も花を咲かせていました。ダケカンバ、ハイマツと共に、森林限界を感じさせる木です。7回竈に入れても燃えないほど丈夫だそうです。


8月上旬ながら早くも紅葉したナナカマドを発見。これはフライング気味です。ナナカマドは紅葉の美しさが格別です。間もなくアルプスを真っ赤に染めることでしょう。ここで紹介した花々も既に役割を終えて今頃は冬支度に入っているはずです。


街中のスナップは単焦点レンズで済みますが、山では広大な景色から足元の植物までを相手にするので、限界があります。ワンランク上のズームレンズを欲しい・・・、山に行く度に思いますね。
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南会津、山旅

2014-08-17 08:57:55 | その他
お盆に合わせて南会津の山旅を楽しんできました。メンバーは先日の烏帽子岳の3名です。登山ではなく山旅としたのは、がっつり登るのではなくまったりと過ごすことが狙いだっためです。那須での例会ヒデさん訪問と、このところ栃木、福島方面をコンスタントに訪れていますが、8月もその繰り返しとなりました。この間、西は岡山を2回、訪問しています。仕事ではなく趣味ですから、東奔西走という言葉は相応しくありませんが、これも何かの巡りあわせということで・・・。流石に冬は豪雪となる地域です。早くも小さな秋を見つける山旅となりました。

初日は西那須野塩原ICから塩原温泉を経由して南会津入りです。まず最初に向かったのは宮床湿原です。ご存じの方は少ないかと思います。私もこの企画までは知りませんでした。この地域で湿原と言えばまずは尾瀬ですが、会津側にもいくつか湿原があります。1時間もあれば十分回れるサイズでした。


花のシーズンではありませんが、水連(ヒツジグサ)を見つけました。


湿原には木道が欠かせません。我々以外は人がいない様子でしたので、木道に腰を下ろして休憩です。こんな目線になります。湿原でいただくドリップコーヒーはまた格別のおいしさでした。


なんとなく青空にも秋の気配が。やがて見られる紅葉も美しいことでしょう。この後、近くの南郷スキー場のゲレンデに出てリフト頂上まで歩きました。ヤブコギ(道の無い中、草木を掻き分けて歩くことを言います)には閉口しました。夏のスキー場は荒れ放題なんですね。


宿は桧枝岐村のかぎや旅館です。桧枝岐に泊まるのは学生以来27年ぶりです。平家の落人で知られる桧枝岐は、土地が痩せていたこともあり、そばが貴重な食材でした。夕飯の終盤で出される、つなぎなしの裁ちそばに、そばを使った郷土食はっとうです。


この日は村の盆踊りでもありました。老若男女、誰もが楽しめるのが盆踊りの良さです。見よう見まねで始めましたが、すぐに覚えることができました。詞は都度変わってるようでしたが一曲のみを、ずっと繰り返します。ダブルの和太鼓の迫力、いいですねぇ。


翌日は高土山に登りました。これもなかなかマニアックな企画で、地元の人でも存在を知っている人は少ないようです(それでいて会津百名山にはリストアップされています)。東電の高圧線の保全の道が、そのまま登山道になってました。奥に見えるのは会津の名峰の七ッ岳です。


足元にはブナの実が落ちていました。山の動物にとっても、間もなく収穫の季節です。


下山先では早くもススキとセイタカアワダチソウの陣取合戦が始まっていました。横浜より2か月早いです。


桧枝岐で度々見かけたのがアジサイの花です。こちらは横浜より2か月遅いです。初夏が遅く、秋が早い、つまり夏が短いということです。ユリやコスモスまでありますから、6月から10月が一気に凝縮された不思議な光景でした。


宿に戻る途中、前沢集落に寄りました。こちらは平家ではなく、戦国末期に只見から流れた武士が移り住んだことが始まりと言われています。今でも普通に生活に使われています。うち一軒が資料館として開放されていました。大火で消失した後、明治末に建て直されたようです。


2日目の夕食では岩魚の刺身を堪能しました。岩魚でこのボリュームはなかなかお目にかかれません。串焼きとは別サイズのものを選んでいるようです。ビールはほどほどにして、


会津酒造の吟醸酒、あらばしりを冷酒でいただきました。すっきりした味わいは桧枝岐の郷土料理ともよく合います。ちなみにビンの向こうが岩魚の串焼きですから、刺身の大きさが分かりますね。


3日間お世話になったかぎや旅館です。檜風呂に会津料理を十分に楽しんだ3日間でした。若旦那さんは山のガイドもやられています。私は、会津の魅力的な山々はほとんど未踏ですので、再訪もあるでしょう。


帰りはUターンラッシュが予想されたので、早めに桧枝岐を後にしました。一部塩原温泉の先で渋滞となりましたが、スムーズに都内まで戻れました。これで夏休みも終了です。南会津の山旅の余韻に浸りたいところではありますが、明日からまたスイッチを入れ替えねばなりません。
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オーディオで歌謡曲:山口百恵

2014-08-10 16:15:11 | POPS(邦)
台風の影響で横浜方面も久々の雨となり、梅雨明け以降続いた猛暑は一休みです。庭木にとっては、恵みの雨となりました。ここに来てブルーベリーが食べ頃にを迎えています。市販品のような甘みはありませんが、それでも素朴な味を楽しんでいます。開幕を楽しみにしていた甲子園ですが、開会式が延期されるのは記憶にありません。ニュースで54年振りと知りました。それでは記憶にないわけです。今年は冷夏という予想もありましたが、全くの外れでした。選手には酷かもしれませんが、炎天下の熱戦は夏の風物詩でもあります。台風一過後の熱戦に期待しています。


さて、何年かかるかわからない、オーディオで歌謡曲シリーズ、第3弾は山口百恵です。学年で7つ下の私にとっては、アイドルというより大人の女性といった存在でしたが、活動期間が14~21歳だったことを考えると、実年齢より年上の女性を演じていたんだな、と改めて思います。存在自体はTV番組やCMを通じて小学校低学年の頃から知っていましたが、ひと夏の経験の意味すら?の小学生ではアンテナに限界がありました。風格、凄みが増した後半期の印象がどうしても強くなります。穏やかな曲、激しい曲へ対応の幅は、歌謡界を通じても随一ではないかと思います。


アナログ導入以降、様々なレコード会社の邦楽盤を聴く機会が増えましたが、全般的にCBSソニーの音に薄っぺらさ、ビクターの音にメリハリを感じます。ネット上でも目にする話ですが、中古レコード店の店主さんともそんな話題になりました。生産中のプレス時間の差といった話も出ましたが、真実はどうだったでしょうか。この項で紹介してきた太田裕美、松田聖子、そして山口百恵はいずれもCBSソニーです。売れる→生産量の増加→タクト短縮→音質低下だとしたら、ドル箱歌手はオーディオ的には歓迎できないことになります。そんなハンデを克服するのもオーディオの楽しみでしょうか。

山口百恵にとってのターニングポイントは、何はともあれ「横須賀ストーリー」です。当時は「およげたいやきくん」「ビューティフルサンデー」が大流行でしたが、”これっきり、これっきり、もう♪”も十分インパクトがありました。ここで定まった宇崎・阿木路線をベースに、以後、引退まで走りきった印象があります。「横須賀ストーリー」は元々アルバム向けの作品だったそうです。偶然の力を感じますね。しかし一方で、宇崎・阿木路線に染まらない幅の広さを、本アルバムに見出すこともできます。宇崎・阿木作品を通じて得た成長を、多方面から提供された楽曲に還元する、といった好循環がここから始まります。


「横須賀ストーリー」以前は進むべき路線を模索している感がありました。”禁断”路線もその一つです。有名な「ひと夏の経験」はリアルタイムで聴いた記憶が曖昧ですが、サビは無意識に刻まれていたはずです。最近知ったのですが、「ひと夏の経験」や「春風のいたずら」では、同じヴォーカルを重ねる一人二重唱という編集上のテクニックが使われています。声の印象を変える効果があるそうですが、その効果は元の声質にも依存するとか。山口百恵の場合、サビでグッと色気が増す印象があったのですが、漸く、からくりが分かりました。ジャケットを見る限り、あどけない高校1年生なんですけどね。


大きなヒットにはなりませんでしたが、「乙女座宮」は印象に残っているシングル曲です。私自身の小学校卒業から中学校入学にかけての頃です。当時はピンクレディーが全盛期を迎える一方で、フォークから転じたニューミュージック勢が台頭した時期です。旧来の歌謡曲系で奮闘していたのは山口百恵、沢田研二くらいだったしょうか?「乙女座宮」は、”ペガサス経由で♪”の部分で声がぐっと湿る感じが好きでした。後で知ったのですがやはり一人二重唱でした。無意識に刻まれた「ひと夏の経験」のサビが呼び起されたのかも知れません。この曲を通じて友和さんは獅子座だと思っていましたが、これは間違いでした(笑)。


80年秋に惜しまれつつ引退し、その後すっぱり芸能界と一線を引いたのはご存じ通りです。ここでは紹介しませんでしたが、オリジナルのアルバムは、デジタル、アナログ問わず機会を見つけて集めています。篠山紀信撮影のジャケットはやはりアナログ盤でなければ・・・。オーディオで歌謡曲シリーズ、次の明菜さんで区切りです。このところ、ハイレゾダウンロードや新しいベスト盤、久しぶりの新曲などセールス面での動きがありますが、何よりご本人の復活を待つばかりです。記事のアップは来年の夏ころになりそうです。
コメント (4)
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