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220516 雨が難敵リフォーム。沖縄本土復帰50年、悲喜こもごも!!

2022年05月16日 | アフターセブンティ

 屋根塗装リフォーム、5日に足場ができて、12日に高圧洗浄して、今日16日、鉄部下地調整、錆止め塗装。住宅建設関連業者には雨が難敵、工期が伸びコストアップ、手抜きも起こりやすい。

 福岡は年間降雨日が去年106日、3~4日に一回は雨。業者は職人などのやりくりが大変。これだけは施主がじたばたしてもいかんともしがたい。頑固職人に気分よく仕事をやってもらわないといけないしある程度任すしかない。

 

 1972年5月15日、米軍施政下にあった左側通行の沖縄が本土に復帰、50周年を向かえた。私も結婚50周年、悲喜こもごもいろいろあったがよくやってきたものだ。

 40歳の時、支社を開設し、4年間沖縄で仕事をした。すばらしい人達とであい、当時美声であった私もカラオケなどで「芭蕉布」を歌って、友人や仕事も増やしていった。住まいも市内仲井真の2階建てアメリカン住宅で屋上があり間仕切りは家具で行い、玄関にはバスケットボールのゴールネットがあり裏庭には鉄棒などもあった。基地が隣接していなかったのでジェット機の轟音に悩まされるというようなことはなく、充実した4年だったと思う。子供たちは進学の関係で途中帰福し、1年間は単身ですごした。

 一人当たり所得水準が本土の75%とか言われるが、地元の人からはなんであなたはそんなにがむしゃらに働くのかとよく言われたものだ。「それは幸せになるため!私は今でも幸せですよ」と宮古島の泡盛メーカーの社員から言われたものだ。美しい島で近所通し助け合いながらうまい泡盛を飲んで人生を楽しむ。そんな感じでしたね。

 

 リタイアしたあと10年前、4泊5日で懐かしの沖縄にメモリアルトリップにでかけ旧交をあたためた。当時の首里城をはじめとした那覇シティの思い出のスナップを久しぶりに投稿。

 

  

国土の0.7%の沖縄に米軍施設の70%が集中している。辺野古建設が遅々として進まなくとも米軍は何ともなかろう。簡単には基地集中の問題は解決できないだろうが本土の人間はこのことをしっかり認識しておくべきだろう。

 沖縄県民の方々の幸せを祈らずにはおれない!!


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