そのままVon

おもに31文字の語呂合わせ日記

万葉集#2-0207 ~0209

2009年04月26日 |  / 万葉集
4/27
「この妻はいかなる立場の妻ならん依羅娘子ヨサミノヲトメと違う人らし
(柿本朝臣人麿が、妻の死ミマカりし後、泣血哀慟よめる歌二首、また短歌)」
「天飛ぶや 軽の路は 吾妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲しけど
止まず行かば 人目を多み 数多く行かば 人知りぬべみ さね葛
後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 磐垣淵イハカキフチの
隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れゆくがごと 照る月の 雲隠るごと
沖つ藻の 靡ナビきし妹は もみち葉の 過ぎて去イにしと 玉梓の
使の言へば 梓弓 音のみ聞きて 言はむすべ 為セむすべ知らに 音のみを
聞きてありえねば 吾が恋ふる 千重の一重も 慰むる 心もありやと
吾妹子が 止まず出で見し 軽の市に 吾が立ち聞けば 玉たすき
畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉ほこの 道行く人も 一人だに
似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 袖ぞ振りつる(#2-0207)」
「秋山の黄葉を茂み惑はせる妹を求めむ山道知らずも(短歌二首#2-0208)」
「秋山は紅葉が盛りでまよいたり妻を探せど道がわからず()」
「もちみ葉の散りぬるなべに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ(#2-0209)」
「君が死ぬ知らせを伝う使い見て会って楽しき日を思い出す()」
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万葉集#2-0204 ~0206

2009年04月25日 |  / 万葉集
4/25
「置始オキソメの東人とはどんな人弓削皇子との関係いかに
(弓削皇子の薨せる時、置始東人がよめる歌一首、また短歌)」
「やすみしし我が王高光る日の皇子久かたの天つ宮に神ながら神と座せば
そこをしもあやに畏み昼はも日のことごと夜はも夜のことごと臥し
居嘆けど飽き足らぬかも(#2-0204)」
「東人歌えど力人麿に遠く及ばず凡庸なりき()」
「王は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ(反歌一首#2-0205)」
「弓削の皇子神にしませば天雲の遠き彼方にお隠れになる()」
「さざなみの志賀さざれ波しくしくに常にと君が思ほえたりける
(短歌一首 #2-0206)」
「さざなみが岸辺に寄せるしきりなくあなたを慕い通いたるのに()」
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万葉集#2-0203

2009年04月25日 |  / 万葉集
4/24
「文武から元明になる頃なりき何がありてか人麿が死す
(寧樂の宮に天の下知ろしめしし天皇の代)」
「武蔵より和銅贈られ改元しベタであるけど和銅と称す
(和銅元年708年6月25日歳次戊申、但馬皇女の薨へる後、穂積皇子の
冬日雪落御墓を遥望けて、悲傷流涕よみませる御歌一首)」
「降る雪は深アハにな降りそ吉隠ヨナバリの猪養ヌカヒの岡の寒からまくに
(#2-0203)」
「降る雪よ深く積もるな吉隠ヨナバリの猪養ヌカヒの岡の但馬冷えしか()」
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万葉集#2-0199 ~0202

2009年04月24日 |  / 万葉集
4/24
「高市とは天武の子にて草壁の後に太子になれる人なり
(長屋王の父でもあった)」
「この挽歌高市が武勇に優れおり天武を助く武勲を伝う
(天武への敬愛もみられる)」
「この皇子の死の状況はいかならん持統の嫉妬なしと言えるか
(高市皇子の尊の、城上キノヘの殯宮の時、柿本朝臣人麿がよめる歌一首
、また短歌)」
「かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に
久かたの 天つ御門を畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠イハガクります
やすみしし 我が王の きこしめす 背面ソトモの国の 真木立つ
不破山越えて 高麗剣 和射見ワザミが原の 行宮カリミヤに 天降り座して
天の下 治めたまひ 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の
御軍士ミイクサを 召したまひて 千磐チハ破る 人を和やせと 奉ろはぬ
国を治めと 皇子ながら 任きたまへば 大御身オホミミに 大刀取り帯ばし
大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の
声と聞くまで 吹き響せる 小角の音も 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の
おびゆるまでに 差上げたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに
つきてある火の 風の共 靡くがごとく 取り持たる 弓弭の騒き み雪降る
冬の林に 旋風かも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐カシコクく 引き放つ
矢の繁けく 大雪の 乱りて来れ 奉はず 立ち向ひしも 露霜の
消なば消ぬべく 去く鳥の 争ふはしに 度會の 斎ひの宮ゆ 神風に
息吹惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひたまひて 定めてし
瑞穂の国を 神ながら 太敷き座す やすみしし 我が大王の 天の下
奏したまへば 万代に 然しもあらむと 木綿花の 栄ゆる時に 我が大王
皇子の御門を 神宮に 装ひ奉りて 遣はしし 御門の人も 白布の 麻衣着て
埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ
ぬば玉の 夕へになれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り
侍へど 侍ひかねて 春鳥の  さまよひぬれば 嘆きも  いまだ過ぎぬに
憶ひも  いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬り行して
あさもよし 城上の宮を 常宮と 定め奉りて  神ながら 鎮まり座しぬ
しかれども 我が大王の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮
万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ
畏かれども(#2-0199)」
「久かたの天知らしぬる君故に日月も知らに恋ひわたるかも
(短歌二首 #2-0200)」
「天上を治めるほどの皇子ゆえにこの世になくも焦がれてしまう()」
「埴安の池の堤の隠沼コモリヌの行方を知らに舎人は惑ふ(#2-0201)」
「埴安の池の堤の隠れ沼行方わからず舎人は迷う()」
「哭澤ナキサワの神社モリに神酒ミワすゑ祈れども我が王は高日知らしぬ
(或ル書ノ反歌一首. #2-0202)」
「泣き沢女祀れる杜で復活を祈ってみたがその甲斐もなし()」
「檜隈女王怨む泣き沢女高市帰らぬ人となるゆえ
(右ノ一首ハ、類聚歌林ニ曰ク、檜隈女王、泣澤ノ神社ヲ怨メル歌ナリ。
日本紀ニ案ルニ曰ク、持統天皇十年丙申秋七月辛丑朔庚戌、後ノ皇子尊
薨セリ)」
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万葉集#2-0196 ~0198

2009年04月24日 |  / 万葉集
4/24
「城上とは北葛城の広陵で営まれたり殯宮が
(明日香皇女の城上キノヘの殯宮の時、柿本朝臣人麿がよめる歌一首、
また短歌)」
「死んだとき四のゾロ目は偶然か作為がないか知りてし止まん
(文武四年700年四月四日)」
「飛ぶ鳥の明日香の川の 上つ瀬に石橋渡し下つ瀬に打橋渡す石橋に
生ひ靡ける玉藻もぞ絶ゆれば生ふる打橋に生ひををれる川藻もぞ
枯るれば生ゆるなにしかも我が王の立たせば玉藻のごと臥やせば
川藻のごとく靡かひし宜しき君が朝宮を忘れたまふや夕宮を
背きたまふやうつそみと思ひし時に春へは花折り挿頭し秋立てば
黄葉挿頭し敷布の袖たづさはり鏡なす見れども飽かに望月の
いやめづらしみ思ほしし君と時々出でまして遊びたまひし御食向ふ
城上の宮を常宮と定めたまひてあぢさはふ目言も絶えぬそこをしも
あやに悲しみぬえ鳥の片恋しつつ朝鳥の通はす君が夏草の思ひ萎えて
夕星のか行きかく行き大船のたゆたふ見れば慰むる心もあらずそこ故に
為むすべ知らに音のみも名のみも絶えず天地のいや遠長く思ひ行かむ
御名に懸かせる明日香川万代までにはしきやし我が王の形見にここを
(#2-0196)」
「明日香川しがらみ渡し塞セかませば流るる水ものどにかあらまし
(短歌二首 #2-0197)」
「飛鳥川しがらみ渡し堰作りゃ水の流れもゆくりなるらん()」
「明日香川明日さへ見むと思へやも我が王の御名忘れせぬ(#2-0198)」
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