子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

2021年夏シーズンまとめて作品レビュー

2021年09月20日 22時13分55秒 | 映画(新作レヴュー)
「サマーフィルムにのって」
録画してあったテレ東の夜ドラ「お耳に合いましたら」を観ていたら,主演の伊藤万理華がエンドロールで披露するダンスが,本作のラストの立ち回りを彷彿とさせるものだったのだが,監督が同じ松本壮史だった。動かない被写体としては,決して個性的とは言い難い伊藤が,突如として全身を使ったしなやかでスピード感に溢れた立ち回りを披露する本作のエンディングは,「大人の世界」である時代劇に魅せられた女子高校生というアンバランスな立ち位置を逆手に取った,若さの表現として実に新鮮だった。未来から来て剣士を演じる「彼女のファン」である金子大地のゆったりとした雰囲気も将来性を感じさせて楽しみだが,トウの立った高校生役の板橋駿谷が,朝ドラ「なつぞら」と同様にコメディ・リリーフでドラマを支えている。
★★★☆

「Summer of 85」
思春期の少年の年上の相手とのひと夏の経験と言えば,ロバート・マリガンの「おもいでの夏」を想起するが,フランソワ・オゾンの新作「Summer of 85」が同作と異なるのは,主人公が思いを寄せる相手が同性の青年だという点。フランスの夏の海岸に漂う刹那,という視点で見ると,どことなくエリック・ロメールの諸作にも通じるものがあり,画面に引き込まれて観ていたのだが,最も重要なシークエンスでロッド・スチュアートの「セイリング」が流れてきて,いきなり膝カックンをされて路頭に迷った気分になった。クライマックスとも言える,死んだ相手の墓で踊るシーンでも,これでもかとばかりにフィーチャーされるに至っては,言うべき言葉を失った。音楽は大切だ。
★★

「フリー・ガイ」
スピルバーグの「レディプレイヤー1」もそうだったが,アバターを使った仮想現実ものを楽しむには技術が必要だと感じる。すなわちアバターを操る人間とAIを介在して生み出されたアバターの自我を峻別すべきか,同一視すべきかを瞬時に見極める能力のようなものだ。評判の高い本作でも,観るこちら側の鑑賞技術水準が低いばっかりに純粋に展開を楽しめず,脇役にも人間性と発展性を,と訴える物語が陳腐に見えて退屈した。予想外のヒットと聞いて,自信をなくしている。
★★

「浜の朝日の嘘つきどもと」
震災とCOVID-19で叩きのめされた古い映画館を廃館から救うべく奮闘する「茂木莉子」の話。これまた手垢にまみれていながら,いきなりリリアン・ギッシュの「東への道」の生フィルムを焼くメタボな支配人対映画ファンの若い女性というヴィヴィッドな組み合わせが,躍動感に満ちた物語を予感させるが,そうはならない。茂木莉子が何故古い映画館の再生に力を尽くそうとするのか,というストーリーがサブプロットとして配置されるのだが,メインプロットとの比重の付け方に完全に失敗している。そちらに出てくる大久保佳代子は「やっとけばよかった」という台詞を駆使して好演を見せるが,彼女が光れば光るほどメインとなるべき筋立ての弱さが際立つ。ラストで地域住民が応援に回るというどんでん返しが用意されていながら,その転向の理由に説得力を欠いて,挽回のチャンスもみすみす手放してしまっている。何より肝心の映画館の内部の描写を欠いては,復興のダイナミズムの生まれようがない。ちゃんと高校生に見える高畑充希の力演が空回りしているのが残念だ。
★★
(いずれも★★★★★が最高)

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