ベネディクト・カンバーバッチという俳優には,これまで絶賛された「イミテーション・ゲーム」を筆頭に「エジソンズ・ゲーム」や「裏切りのサーカス」,まさかのMARVEL作品まで,トーンの異なる作品においても常に独特の佇まいで「秘めた情熱」を低い体温で表現してきたという印象を持っていたが,キューバ危機の裏側にあった緊迫のドラマを映画化した「クーリエ 最高機密の運び屋」での演技には,まさに「渾身の」という形容詞が相応しい。ロジャー・ドナルドソンの「13デイズ」でも描かれたキューバ危機において,核戦争開戦の崖っぷちで対峙していたアメリカとソ連の諜報戦に翻弄されたイギリスの営業マンとソ連政府にいた良心の役人との間に生まれた絆は,60年近い年月を経ても些かも色褪せることなく「信頼」という言葉の持つ重みを教えてくれる。
フルシチョフが「核のボタン」を持つことの危険を憂いたソ連政府の要人ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)は,核戦争を回避するために米英にソ連の軍事情報を伝えることを決心する。その決意を受けたMI6とCIAは,情報の伝達役に軍事には無縁ながら仕事で東欧を訪れることの多いイギリスの商社マン,ウィン(カンバーバッチ)に白羽の矢を立てる。最初は拒否したウィンだが,やがて妻(ジェシー・バックリー)にも打ち明けないままに仕事を引き受け,何度もやり取りを続けるうち,キューバに核ミサイルが持ち込まれたことが明らかになる。政府から目を付けられたペンコフスキーを助けるため,ウィンを中心に国外脱出作戦が発動されるのだが…。
事実に基づいた物語,という重みを踏まえたカンバーバッチの演技は,前半の素人スパイの緊張感溢れるものから,ソ連警察に連行され虐待の限りを尽くされてもなお希望を失わない信念の人へと,劇的な変化を遂げる。スティーヴ・マックイーン監督の相方である撮影監督のショーン・ボビットは,そんなカンバーバッチの姿をトーンを落とした色調と端正な構図で的確に捉えて作品のフレームを堅固に整える。
一方で画面がどちらかというと地味に落ち着く一方で,派手なアクションはないのに物語が躍動感を失わないのは,ウィンとペンコフスキーの間の交流(ニニッゼも実に巧み)に加えて,ウィンを支える二人の女優である,バックリーとCIAのエージェントを演じるレイチェル・ブロズナハンに拠るところが大きい。とりわけブロズナハンの鮮やかなブロンドと美しさは,画面のトーンを突き破って観客に強い印象を残す。
クローネンバーグの初期の傑作「デッドゾーン」に近い感触も残る,「寒い国から来たスパイ」や前述の「裏切りのサーカス」らと並ぶスパイ映画の秀作だ。
★★★★
(★★★★★が最高)
フルシチョフが「核のボタン」を持つことの危険を憂いたソ連政府の要人ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)は,核戦争を回避するために米英にソ連の軍事情報を伝えることを決心する。その決意を受けたMI6とCIAは,情報の伝達役に軍事には無縁ながら仕事で東欧を訪れることの多いイギリスの商社マン,ウィン(カンバーバッチ)に白羽の矢を立てる。最初は拒否したウィンだが,やがて妻(ジェシー・バックリー)にも打ち明けないままに仕事を引き受け,何度もやり取りを続けるうち,キューバに核ミサイルが持ち込まれたことが明らかになる。政府から目を付けられたペンコフスキーを助けるため,ウィンを中心に国外脱出作戦が発動されるのだが…。
事実に基づいた物語,という重みを踏まえたカンバーバッチの演技は,前半の素人スパイの緊張感溢れるものから,ソ連警察に連行され虐待の限りを尽くされてもなお希望を失わない信念の人へと,劇的な変化を遂げる。スティーヴ・マックイーン監督の相方である撮影監督のショーン・ボビットは,そんなカンバーバッチの姿をトーンを落とした色調と端正な構図で的確に捉えて作品のフレームを堅固に整える。
一方で画面がどちらかというと地味に落ち着く一方で,派手なアクションはないのに物語が躍動感を失わないのは,ウィンとペンコフスキーの間の交流(ニニッゼも実に巧み)に加えて,ウィンを支える二人の女優である,バックリーとCIAのエージェントを演じるレイチェル・ブロズナハンに拠るところが大きい。とりわけブロズナハンの鮮やかなブロンドと美しさは,画面のトーンを突き破って観客に強い印象を残す。
クローネンバーグの初期の傑作「デッドゾーン」に近い感触も残る,「寒い国から来たスパイ」や前述の「裏切りのサーカス」らと並ぶスパイ映画の秀作だ。
★★★★
(★★★★★が最高)