子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「シェイム」:虚空を突き抜ける冷たい視線

2012年03月27日 21時55分38秒 | 映画(新作レヴュー)
ここまで救いのない映画というのも,そうはないのではないだろうか。チラシの謳い文句には「ハリウッドを発情させる新鋭監督」とあり,現にひたすら一人の男の性欲とそれに基づく行動について描いているにも拘らず,扇情的なるものとはもっとも遠いところに位置し,主人公を捉えた冷たい孤独によって,観ているこちらまでもが身動きできなくなるような作品だ。

まさに現代に生きる最高水準の都会人を体現するような職業と家を持ち,出会った女性を惹き付ける容貌に恵まれながら,セックスをビジネスとする女性や一夜限りの女性たちとの関係を繰り返すブランドン(マイケル・ファスベンダー)の生活を,カメラは淡々と捉える。職場でも家でもPCからポルノサイトにアクセスし,ありとあらゆる方法で性欲を満足させようとする姿は,どこか勤勉な滑稽さと哀しさをも漂わせる。
セックスの後やマスターベーションを行う場所として,冒頭から何度もトイレが出て来るのが象徴的なのだが,主人公の行為と「快楽」や「欲望」といった言葉が意味するものとの間にある距離が,物語が進むにつれどんどんと大きくなっていき,最後にはまるで自らの命を護るためにやり続けなければならない排泄行為と化してゆく姿は悲痛でもある。

そんな彼の人生に闖入してくる妹シシー(キャリー・マリガン)の存在が,更にブランドンを追いつめる。二人の間に何か謎めいた過去があったことが微かに仄めかされはするが,シシーのキャラクターは明らかにならないまま,二人は徹底して反発し合う。しかし彼女が兄とは違って他者との心のつながりを渇望しながらも,心に抱えているのが兄と同じ種類の闇と孤独だと知ることが,余計にブランドンを苛立たせる。
愛憎という言葉がしっくりくるような兄妹のねじれた関係が,悲劇的な結末に向かって動き出していくきっかけとなるシシーの歌は,彼女の心の叫びとなって観客の心を静かに凍らせる。出番は少ないながらも,柔らかな容姿の奥に憂いを秘めたキャリー・マリガンの演技は,「私を離さないで」の時とはまた違った怖さを見せてくれる。まったく,どんなキャラクターを演じても,底を見せない女優だ。

終始,冷色系のインテリアをモノトーンのライティングで綴っていたカメラが,ラスト近くで鮮血にまみれたシシーを捉えるシーンは衝撃的だが,展開と台詞のみならず,色と音の両方について冷静な計算で孤独を見つめる監督のスティーヴ・マックイーンは,最後まで主人公に救いの手を差し伸べることはしない。
地下鉄で再び出会った女性との関係がどうなるのか,固唾を飲んで見守る観客に示されるのは,地下鉄の中の真っ暗な闇だけだ。
★★★☆
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。