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映画「誰よりも狙われた男」:名優が最後に発した叫び声

2014年11月03日 10時37分51秒 | 映画(新作レヴュー)
数多いジョン・ル=カレの小説の映画化作品の中でも,トーマス・アルフレッドソンの「裏切りのサーカス」はとりわけ高い世評を得たようだが,個人的には台詞の一つも疎かに出来ない,あまりにも複雑巧緻な作りに疲れてしまい,裏切り者が判明した後の余韻にひたることが叶わなかったという記憶の方が強い。
その点,ロックミュージシャンのポートレイトの第一人者だったアントン・コービンが「ラスト・ターゲット」に続いてミステリアスな裏社会に生きる男を描いた「誰よりも狙われた男」は,フォトグラファーとしての監督の資質を活かした画面の深みと,フィリップ・シーモア=ホフマンの一世一代の芝居をじっくりと味わえる程度にはシンプルな作りになっており,スパイ小説通でなくても堪能できる作品と太鼓判を押したい。

ハンブルクの諜報機関のリーダー,バッハマン(ホフマン)は,チェチェンから密入国をしたイスラム過激派の男を泳がすことによって,テロリストへの資金供給の糸を引く黒幕を逮捕しようと画策する。
そのバッハマンの前に立ちはだかるのが,同じドイツの国家機関とアメリカのCIA。それぞれの確執と思惑が絡んで緊迫の度合いを高めながら,物語はクライマックスへと進んでいく。
銃弾が飛び交うことも,激しいアクションもないが,常に刃を首に当てられているような緊張感が観客を包み,諜報戦の最前線で地道に仕事をこなすプロの矜持が物語のエンジンとして機能している。
主人公を支えるロビン・ライトの,尋常ではない「地味さ」こそが,その象徴と言えるかもしれない。

これが遺作となってしまったホフマンの演技は,やはり素晴らしい。P.T.アンダーソンとのコンビで見せてきたような「大芝居」ではないが,孤立無援の小さな組織で大きな仕事を成し遂げようとする男の孤独と野心と使命感は,彼でなくては表現し得なかっただろうと改めて思う。
薬物の過剰摂取による死という,ホフマンのその後を知った者にとっては,酒と煙草を手放せない主人公の姿がホフマン自身とぴったりと重なってしまうことが辛いのだが,題名の意味が明らかになるラストシーンのバッハマンの咆哮は,永遠に映画ファンの心に残るはずだ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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