子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。
子供はかまってくれない
映画「宇宙人ポール」:反ダーウィン論者 VS 宇宙人の壮絶なバトル。そうなのか?
車にぶつかってあえなく命を落とした小鳥を,超能力で蘇らせる宇宙人ポール。劇中にも声だけで登場するスティーヴン・スピルバーグもかくや,というヒューマニズムに満ちたエイリアンかと思いきや,あっという間にその小鳥を頭から食べ,「生きていなけりゃ食べられないだろう」と嘯くポール。
やはり才人コンビ,サイモン・ペッグとニック・フロストのコンビが書くSFはひと味違うと唸らされる。
ルーベン・フライシャーの秀作「ゾンビランド」に多大な影響を与えたと思われる「ショーン・オブ・ザ・デッド」,過去に年間ベストに選んだ「ホット・ファズ」等で,ゼロ年代クリエイターのトップに躍り出た(と勝手に私が思っている)コンビが大活躍する新作「宇宙人ポール」は,2011年という年の掉尾を締め括るに相応しい快作だ。
どこから見ても我々が「宇宙人」と聞いて思い浮かべるステレオタイプの容姿をした「宇宙人ポール」。実はそんなステレオタイプのオリジナルとなった宇宙人が実在しており,彼(「スペースボールズ」を持っているから,間違いなく「彼」だ)が研究施設から逃亡し,イギリスから来たSFオタクの二人組と共に,仲間と落ち合う場所へと向かう逃避行を描いた,最高に笑えて泣けるロード・ムーヴィー。
ペッグ&フロストのコンビが書いた脚本は,アメリカでまことしやかに語られる幾つものSFネタ,例えばロズウェル事件やエリア51等が,噂ではなく実際の出来事であり,その中心に実は本作品の主人公である「ポール」がいた,というトンデモな設定によって,逆説的に世間のあらゆる常識を笑いのめすという構造を獲得しているところがミソだ。
「建前」という陳腐な武器だけで武装した,反ダーウィン論者の父娘(娘は途中からペッグの恋人になってしまうのだが)や,黒ずくめの捜査官や,ゲイ差別主義者や,権威主義的なボス(シガニー・ウィーヴァーが楽しそうに演じている)らを,下品な台詞を「適切に使う」ポールが,クールに倒していく様は,彼らの盟友エドガー・ライトが撮った「スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団」を確実に凌ぐ。
だがもっと素晴らしいのは,ポールを助ける二人組のイギリス人が,実はアメリカ人にとっては「エイリアン」であるという二重構造を物語に組み込んであることだ。差別は表層的な第一印象から始まる,という社会の悲しい真理を,醒めた笑いで描くとこうなるという点では,サッシャ・バロン=コーエンの傑作「ボラット」と同じ視点を持った米国文明批評でもあるのだ。
そんなうがった見方も出来るコメディーは,冒頭で出会った少女とポールの60年越しの再会=美しいラブ・ストーリーの成就,というラストで締め括られる。
私はまんまと笑いながら,泣かされた。「パイオツからおならが出る」ほどに。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
やはり才人コンビ,サイモン・ペッグとニック・フロストのコンビが書くSFはひと味違うと唸らされる。
ルーベン・フライシャーの秀作「ゾンビランド」に多大な影響を与えたと思われる「ショーン・オブ・ザ・デッド」,過去に年間ベストに選んだ「ホット・ファズ」等で,ゼロ年代クリエイターのトップに躍り出た(と勝手に私が思っている)コンビが大活躍する新作「宇宙人ポール」は,2011年という年の掉尾を締め括るに相応しい快作だ。
どこから見ても我々が「宇宙人」と聞いて思い浮かべるステレオタイプの容姿をした「宇宙人ポール」。実はそんなステレオタイプのオリジナルとなった宇宙人が実在しており,彼(「スペースボールズ」を持っているから,間違いなく「彼」だ)が研究施設から逃亡し,イギリスから来たSFオタクの二人組と共に,仲間と落ち合う場所へと向かう逃避行を描いた,最高に笑えて泣けるロード・ムーヴィー。
ペッグ&フロストのコンビが書いた脚本は,アメリカでまことしやかに語られる幾つものSFネタ,例えばロズウェル事件やエリア51等が,噂ではなく実際の出来事であり,その中心に実は本作品の主人公である「ポール」がいた,というトンデモな設定によって,逆説的に世間のあらゆる常識を笑いのめすという構造を獲得しているところがミソだ。
「建前」という陳腐な武器だけで武装した,反ダーウィン論者の父娘(娘は途中からペッグの恋人になってしまうのだが)や,黒ずくめの捜査官や,ゲイ差別主義者や,権威主義的なボス(シガニー・ウィーヴァーが楽しそうに演じている)らを,下品な台詞を「適切に使う」ポールが,クールに倒していく様は,彼らの盟友エドガー・ライトが撮った「スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団」を確実に凌ぐ。
だがもっと素晴らしいのは,ポールを助ける二人組のイギリス人が,実はアメリカ人にとっては「エイリアン」であるという二重構造を物語に組み込んであることだ。差別は表層的な第一印象から始まる,という社会の悲しい真理を,醒めた笑いで描くとこうなるという点では,サッシャ・バロン=コーエンの傑作「ボラット」と同じ視点を持った米国文明批評でもあるのだ。
そんなうがった見方も出来るコメディーは,冒頭で出会った少女とポールの60年越しの再会=美しいラブ・ストーリーの成就,というラストで締め括られる。
私はまんまと笑いながら,泣かされた。「パイオツからおならが出る」ほどに。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
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