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映画「夢売るふたり」:西川美和と松たか子のぶつかり合いで生じた火花が画面を焦がす。

嘘と現実の境界をたゆたうような物語によって,独自の世界を切り拓いてきた西川美和が,松たか子という「伴侶」を得てガチンコ勝負に出た,という印象だ。
松の夫役に阿部サダヲを起用したこともあり,田中麗奈を電話で騙すシーンに代表されるようなシニカルな笑いの連続によって,コメディとしての側面に囚われそうにもなるが,終盤に突入する情念が渦巻くドロドロした展開は,キャスリン・ビグローが撮るアクションにも匹敵する粘着質の凄みを感じさせる。

経営する小料理屋を火事で失った中年夫婦が,再起のための資金集めの手段として「結婚詐欺」を思いつく。計画は思惑通りに上手く行き,着々と資金は貯まってゆくのだが,やがて夫婦の間に溝が生じ,それは次第に埋められない幅と深さを持つに到り,ついには悲劇を招く。
西川監督のオリジナルストーリーは,今回は特に導入部で現実離れした展開が目立つ。消失前のあんなに繁盛していた小料理屋をふたりだけで切り盛りできていたはずはないし,ヴェテランの板前が串の焼き鳥から上がった炎くらいで簡単に店を全焼させてしまうのも無理がある,といった小さな疵から,手切れ金から結婚詐欺を思いつくのは,どう見ても飛躍し過ぎという展開上の問題まで,前半の座り心地は決して良いものではなかった。

しかし,結婚詐欺でせしめたお金を見上げながら,松たか子が「まだまだ足りん」と,夫に聞かせるでもなく独りごちる辺りから,映像の密度が増していく。
ウェイトリフティングの選手(江原由夏),離婚したデリヘル嬢(安藤玉恵),そして最後にはハローワークで受付係として働くシングルマザー(木村多江)と関わるに至って,夫婦は修復不能な綻びを「共有する」に到るのだが,監督の視点はどんどんと妻(松たか子)の内側へと分け入っていく。

実質的に夫を操りながらも,その夫から「お前には何もない」と罵られることが引き金になっているとは言え,「夢や自尊心や嫉妬や復讐心」という紋切り型の概念では括りきれない衝動によって犯罪を続けようとする妻の変貌振りは,正真正銘のスペクタクルと呼びたくなるような,凄みを湛えている。
終盤で木村多江の息子が探偵(笑福亭鶴瓶)を突き刺す包丁は,横断歩道で佇む松の視線が形を持ったものにしか見えない。

序盤で匂い立つような色気によって物語に勢いを与える鈴木砂羽と,小津作品を想起させるような,鉄道や川や高層ビルを捉えたショットを,シークエンスの変わり目に挟み込む柳島克己の深みのあるカメラが,素晴らしい仕事をしている。
ラストでそのカメラをしかと見据える松たか子の複雑な表情の意味を,鑑賞後二日経った今も考え続けさせる西川の詐術に,心からの拍手を送りたい。
★★★★
(★★★★★が最高)
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