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映画「ロング,ロングバケーション」:長くて辛くて楽しかった人生の落とし前

文字通り,究極の「ロード・ムーヴィー」だ。まくらも何もかも吹っ飛ばして,主人公二人は上映開始時点で既に路上の人となっている。どうやら余命宣言を受けるほど病気が重篤な状態にあるらしい妻と,認知症が進んでまだら呆けでありながら,時としてヘミングウェイの一節を朗々と暗唱してみせる元教師の夫。そんな二人がヘミングウェイの家のあるキー・ウェストに向けてただひたすら車を走らせる,というだけの物語。子供たちとの絡みは電話のみ,という設定で果たして112分という尺を乗り切れるのか,という疑問は,ヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドという人間国宝級の役者二人が持つ多彩な引き出しによって,あっけないほど簡単に払拭される。「人間の値打ち」を撮ったイタリア人監督のパオロ・ヴィルズィの「値打ち」を問われる賭けは,見事吉と出た。

物語の基調はコメディだ。呆けた夫が,ドライブインに妻を置き去りにして一人で出発してしまったり,僅かに残った知識をウェイトレス相手に延々と披露する場面などは,世界共通の「高齢者介護あるある」だろう。それをカラリとした笑いに包んで,観客を共感レヴェルまで運んでいくのも,夫が妻と昔の愛人を取り違えて,過去に犯した浮気の告白を妻に対して行ってしまうシーンを,逆に夫婦の絆の強さを象徴する泣ける場面へと変換してしまうのも,名優二人の奥行きの深い演技があればこそ。キャスティングの時点で,ある程度成功が予想された作品を,更にもう一段上の高みに引き上げた,節度を保ったやり過ぎない演技の賜物だ。綺羅星のような二人のキャリアの中でも,本作は特別の位置を占める作品になることは間違いない。

まっすぐに進んでいくストーリーに絡む幾つかの魅力的なプロットも,作品の格調を高めることに一役買っている。大統領選真っ只中の旅の途中で遭遇するトランプ支持の行進に,認知症発症前なら見向きもしなかったであろう夫が,バッジを付けて嬉々として参加したり,夫が忘れた「老人と海」の一節を暗唱してみせるのが,黒人ウェイトレスだったり,といったエピソードによって,アメリカの今の姿を炙り出す技は,イタリア人監督ならではのものだろう。
開始早々に妻が行う行動によって,幕切れは予想できるのだが,そんな予定調和を超える余白が,作品を豊かなものにしている。味わいは「老人と海」に近いかもしれない。
★★★★
(★★★★★が最高)
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