子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ザリガニの鳴くところ」:凛々しくサヴァイヴする「湿地の娘」

2022年12月04日 17時43分00秒 | 映画(新作レヴュー)
アメリカの音楽チャートで新しいアルバムの曲が1位から10位までを独占するという偉業を成し遂げたテイラー・スウィフトの歌声がエンド・ロールに流れてきて,改めて全世界で1,500万部が売れたというベストセラーの原作(私は未読)の浸透度と影響の強さを思い知らされた。ただ8月に公開されたアメリカでの興行収入は,ベストテンから陥落した9月上旬時点で1億ドルには達していなかったことから類推すると,小説を読んだ層とテイラーの支持層の間には若干の距離があったのかもしれない。それでもエンディングテーマ曲を除けば,名前の売れた俳優がデヴィッド・ストラザーンただ一人という地味なキャスティングからすると,逆に1億ドル近くまで伸ばした興収は原作のテイストを活かして(日本の政治家の使い方とは真逆の意味で)丁寧に作られた作品の力がもたらしたものと言えるだろう。

ノースカロライナの湿地帯。父親のDVに耐えかねて母親や兄姉が家を出ていく中でただ一人残された6歳の少女カイアは,父親の死後も貝を捕って食料品店に売ることを生業にして,町の人々からは「湿地の娘」と呼ばれ蔑まれながらも逞しく,そして美しく成長していく。そんな彼女に近付いたテイトは彼女に読み書きを教え,絵を描くことを薦める。やがて愛し合うようになった二人だが,大学に進学するために町を出たテイトは,彼女と固く誓った帰郷の日に町には戻ってこなかった。傷心のカイアは彼女に興味を抱いた資産家の息子チェイスと付き合うようになるのだが,やがて悲劇が起こる。

カイアに扮したデイジー・エドガー=ジョーンズが,若き日のアン・ハサウェイを彷彿とさせるような知的で芯の強い女性を演じて物語を引っ張る。文字通り「湿地」に魅入られた娘が,豊かな自然に抱かれて,ちっぽけな人間の貧しい営みを越えて逞しく命を繋いでいく姿を,衒いのないまっすぐな描写で写し取ったオリヴィア・ニューマン監督の正攻法の演出が全編に亘って緩みなく冴え渡っている。「自然の中で生きるものに『善悪』の区別はない」と毅然と語るカイアの姿の凛々しさは,「アラバマ物語」のグレゴリー・ペックを彷彿とさせるようなストラザーン扮する良心的な弁護士の姿と重なって,法廷劇の劇的なクライマックスを盛り上げる。
そして,物語的にはそんなすべての感動を覆す結末が用意されているにも拘わらず,カイアの見事な人生に喝采を送った後で,「アメリカの湿地は,やっぱり怖い」とおののきつつベン・フォールズを聴くのが,この作品の正しい鑑賞法なのだ。多分。
★★★★
(★★★★★が最高)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。