子供はかまってくれない

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映画「運び屋」:90歳の麻薬運搬人の丸い背中を凝視する

2019年03月23日 10時32分54秒 | 映画(新作レヴュー)
このところ「実録映画路線」を突き進んできたクリント・イーストウッドだが,今回もまた元ネタは雑誌に載った「90歳の麻薬運搬人」という小さな記事。しかも一度は「俳優引退宣言」を口にしながらも,「グラン・トリノ」以来10年振りに自らカメラの前に立つ,というニュースを聞いて,嫌が応にも気分は高まる。「選挙には出ない」と宣言しながら,舌の根も乾かぬうちに出馬表明するどこかの政治家と違って,こんな「前言撤回」は大歓迎だ。前作の「15時17分,パリ行き」には,実録を「突き詰めすぎた」という印象を受け,やや置いてけぼりを食った感を抱いてしまったのだが,「グラン・トリノ」の脚本家ニック・シェンクのシナリオは絶妙のさじ加減で落語の名人をサポートしてみせる。

デイリリーという百合の栽培に,家族を放りだして打ち込んだ挙げ句,インターネット販売に破れて仕事を失った老人が見つけた仕事は,麻薬の運搬人だった。老人の正体を知らず,彼を負う麻薬捜査官に,イーストウッドにとっておそらく最後かつ最良の弟子とも言えるブラッドリー・クーパーを配して語る犯罪譚は,全てのショット,イーストウッドが語るすべての台詞に枯淡の味わいを滲ませながら,オープニングの百合のクローズアップに戻って大団円を迎える。
けれど「枯淡」と見せかけ,虫も殺さぬ顔をして,麻薬密売のボスが差し向ける美女二人を相手に颯爽と夜の大立ち回りを演じるところは,「白い肌の異常な夜」以来,変わることのない危ないジーサン。90歳でも大丈夫。

唯一の変更点は撮影監督に「ブラッド・ワーク」以来17年,共にやってきたトム・スターンに替えて,イヴ・ベランジェを起用したこと。文藝春秋に載ったインタビューを読むと「彼の『ブルックリン』を観て決めた」ということだが,画面のタッチやフレーム・ワークに特に大きな変化は見られない。逆に,大きな変化が感じられない要因として,編集のジョエル・コックスという不動のエースの存在の大きさが浮き彫りになったとも言える。小津安二郎はショットの切り替え時に次の台詞までのコマ数を指定していたと言われるが,おそらくコックスもほぼそれと同等の役割を担うことで,イーストウッド特有の「噺」の間を生み出しているように感じる。快感のツボはショットのリズムなのだ。

死に行く妻(ダイアン・ウィースト)に「お金をどうやって稼いだの?」と問われ,夫(イーストウッド)が「麻薬を運んで」と答え,妻が「馬鹿なことを言って」と笑うシーンのお決まり感は,まさに古典落語。よっ,名人!
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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