監督第2作となる「トレインスポッティング」で見せた,映像と音楽の有機的な合体は実に衝撃的だった。ユアン・マクレガーの脱出劇における緊迫感を,アンダーワールドのクールなビートによって巧みに盛り上げたダニー・ボイルの感性は,「グッド・フェローズ」のクライマックスでデレク・アンド・ザ・ドミノスの名曲「レイラ」を使ったマーティン・スコセッシのそれに拮抗するものだった。
その後,そうひどくはないが,優れているとも言い難いスリラー作品群を連発していたボイルが,アカデミー賞を独占して話題を攫った最新作「スラムドッグ$ミリオネア」で見事な復活を遂げた理由も,この映像と音楽の幸福な合体にあった。
2つの表現形式の特性を活かした組み合わせということで言えば,ダンスとアクションに,殆ど全編にわたって鳴り続ける音楽が特徴とされるインドの娯楽映画=マサラ・ムーヴィーにとどめを刺す。ボイルが,自らの資質を活かすフォーマットとして,マサラ・ムーヴィーに目を付けたのは,実に正しい判断だった。
踊りの代わりに画面で躍動するのは,ミーラー・ナーイルの「サラーム・ボンベイ」とフェルナンド・メイレレスの「シティ・オブ・ゴッド」を混ぜ合わせたような少年のサバイバル物語なのだが,斜めの構図を多用した粒子の粗い映像と,強いダンスビートの相性は抜群で,その点では由緒正しい「インド映画」になっていると言えるだろう。
「クイズ・ミリオネア」自体は,あくまで話を進めるための道具として使われているに過ぎず,物語の構造的な芯の部分で「悪者に略奪されたお姫様を助けに行く王子の冒険譚」という定石を外さなかったことも,成功の原因だ。
スラムや貧富の存在,更には警察の堕落や幼児の誘拐・虐待など大都市の闇に関するリアルな(時に身も凍るような)描写が挿入されてはいるが,そのどれもが理不尽な悪を糾弾する,というよりも,人間が成長するために折り合いを付けていかなくてはならない,「普遍的な悪」とのせめぎ合いとして織り込まれていることも,作品の「マサラ化」に一役買っている。
「トレインスポッティング」のファンとしては,序盤にあの「トイレ・ダイブ」のバージョンアップ版と呼びたいシークエンスが挟まれていることも嬉しい。
説教調に陥らず,講談調で成長の困難と信じることの尊さを説きつつ,危険な場面における決断の重みや,最後の質問のエピソードにおいて示される「最も身近な存在と思っていたものにこそ実は知らない事柄が潜んでいる」という教訓など,後からじわじわと滲みてくる味わいも多彩だ。
ただ,予告編でかかっていたThe Ting Tingsが本編では使われていなかったのは,(何故なのかは分からないが)実に残念だった。
それと2年前の「バベル」の時もそうだったが,上映時期をここまで引っ張ったのは,明らかに戦術間違いだったと思われた。
昨日(初日)の夕方の回で観客の入りは約3割。ミリオネアの司会者よろしく,オスカー受賞日から延々と「早く観たいだろ~」とばかりに引っ張ったのかもしれないが,日本においては「もう「おくりびと」でアカデミー賞騒ぎは終わったんじゃないの」と宣っていた家人の言葉通りとなってしまった。良い作品だっただけに,既視感が行き渡ってしまったのだとしたら,実に残念だ。
★★★★☆
その後,そうひどくはないが,優れているとも言い難いスリラー作品群を連発していたボイルが,アカデミー賞を独占して話題を攫った最新作「スラムドッグ$ミリオネア」で見事な復活を遂げた理由も,この映像と音楽の幸福な合体にあった。
2つの表現形式の特性を活かした組み合わせということで言えば,ダンスとアクションに,殆ど全編にわたって鳴り続ける音楽が特徴とされるインドの娯楽映画=マサラ・ムーヴィーにとどめを刺す。ボイルが,自らの資質を活かすフォーマットとして,マサラ・ムーヴィーに目を付けたのは,実に正しい判断だった。
踊りの代わりに画面で躍動するのは,ミーラー・ナーイルの「サラーム・ボンベイ」とフェルナンド・メイレレスの「シティ・オブ・ゴッド」を混ぜ合わせたような少年のサバイバル物語なのだが,斜めの構図を多用した粒子の粗い映像と,強いダンスビートの相性は抜群で,その点では由緒正しい「インド映画」になっていると言えるだろう。
「クイズ・ミリオネア」自体は,あくまで話を進めるための道具として使われているに過ぎず,物語の構造的な芯の部分で「悪者に略奪されたお姫様を助けに行く王子の冒険譚」という定石を外さなかったことも,成功の原因だ。
スラムや貧富の存在,更には警察の堕落や幼児の誘拐・虐待など大都市の闇に関するリアルな(時に身も凍るような)描写が挿入されてはいるが,そのどれもが理不尽な悪を糾弾する,というよりも,人間が成長するために折り合いを付けていかなくてはならない,「普遍的な悪」とのせめぎ合いとして織り込まれていることも,作品の「マサラ化」に一役買っている。
「トレインスポッティング」のファンとしては,序盤にあの「トイレ・ダイブ」のバージョンアップ版と呼びたいシークエンスが挟まれていることも嬉しい。
説教調に陥らず,講談調で成長の困難と信じることの尊さを説きつつ,危険な場面における決断の重みや,最後の質問のエピソードにおいて示される「最も身近な存在と思っていたものにこそ実は知らない事柄が潜んでいる」という教訓など,後からじわじわと滲みてくる味わいも多彩だ。
ただ,予告編でかかっていたThe Ting Tingsが本編では使われていなかったのは,(何故なのかは分からないが)実に残念だった。
それと2年前の「バベル」の時もそうだったが,上映時期をここまで引っ張ったのは,明らかに戦術間違いだったと思われた。
昨日(初日)の夕方の回で観客の入りは約3割。ミリオネアの司会者よろしく,オスカー受賞日から延々と「早く観たいだろ~」とばかりに引っ張ったのかもしれないが,日本においては「もう「おくりびと」でアカデミー賞騒ぎは終わったんじゃないの」と宣っていた家人の言葉通りとなってしまった。良い作品だっただけに,既視感が行き渡ってしまったのだとしたら,実に残念だ。
★★★★☆