goo

映画「ブラック・スワン」:芸術家の苦悶を背筋も凍るようなホラー仕立てで描くという発想の勝利

「レスラー」に続くダーレン・アロノフスキーの新作は,インディペンデント界からカルト作品でデビューしたという出自を全面に打ち出すと同時に,エンターテインメントを提供する映画作家としての成熟を示した傑作だ。ナタリー・ポートマンというプリマドンナを得て,古典的な物語とダークな実験性を緻密なモザイクのように繋いだ技には,デヴィッド・リンチの後継者と呼びたくなるような風格が漂っている。

細かいことをあれこれ褒め称えるよりも,とにかくまず「面白い」ということを言っておきたい。プリマの座(ここでは「白鳥の湖」)を狙って火花を散らすヒロインとライバルの話という点だけを取り出せば,これまで世界中の映画やコミック,TVドラマ,小説において十指に余る数のものが作られてきたはず。それだけ通俗的で手垢にまみれた物語を,格調高く官能的でありながら,背筋も凍るようなホラーとして描くことで,逆に誰も見たことがないヒロインの自己探求の旅に仕立て上げたアロノフスキーの手腕は見事の一語に尽きる。特に古典的な総合芸術と呼ばれるバレエを取り上げながら,バレエにはない映画独自の表現技法の効果を極限まで研ぎ澄ましつつ,それを巧みに物語に融合させたことは賞賛に値する。

冒頭の,ダンサーの爪先のクロース・アップから顔のアップまで,縦のティルト(上下の移動)で全身を捉えたショットによって,ナタリー・ポートマン本人が実際に踊っているのだと分かった瞬間の驚きは予想以上に大きかった。私のようなバレエに関する全くの門外漢でも,ポートマンが見せる身体の柔軟さと軽やかな跳躍が,一朝一夕に身につくものではないだろうことは容易に理解できるだけに,彼女の本作に賭ける意気込みは,作品のイントロダクションとしてどんな映像的な仕掛けをも超越する効果を持っていた。
作品のテーマの一つとなっている母娘の確執を痛々しいまでに浮き立たせたバーバラ・ハーシーの久しぶりの熱演も嬉しかったが,役柄と実生活がものの見事にシンクロしてしまったようなウィノナ・ライダーのすさみっぷりは凄かった。盗んだ化粧品を返しに病室を訪れたポートマンの腕を,いきなり鷲掴みにする瞬間の恐ろしさは,デ・パルマの「キャリー」において,墓地の地面から腕が飛び出すラストに匹敵するものがあった。仮借なきキャスティングの勝利だろう。

アカデミー主演女優賞を獲得したことも手伝って,長く記憶されるであろうポートマンの演技も勿論だが,登場人物に「今は誰もバレエなんか観ない」と語らせておきながら,鬼気迫る演技と演出によって近年稀に見る「大団円」を創り上げたアロノフスキーの大見得に一票。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 映画「白いリ... 映画「落語物... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。