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映画「スリー・ビルボード」:精緻な脚本と役者が織りなす完璧なハーモニー

「黒人嫌いの警官をクビにしたら残るのは3人しかいない。そいつらは全員ホモ嫌いだ」。2016年の大統領選挙でドナルド・トランプが圧勝したミズーリ州を舞台にしたスリラー「スリー・ビルボード」を支配する空気は,劇中で呟かれるこんなセリフだ。淀んだ空気が支配する警察署に単身殴り込みをかける,レイプ殺人の被害者の母(フランシス・マクドーマンド)の闘いを描いた作品なのだが,観終わった観客の胸には奇妙な温かみが宿る。監督マーティン・マクドナーが書いた脚本が持つ人間洞察の深みと,心の奥に痛みを抱えた登場人物に血を通わせた役者たちの名演が,見事な傑作を生み出した。

レイプされた上,焼き殺された少女の母親ミルドレッドが,事件を解決できない警察に抗議するため,郊外に放置された3枚の大きな看板を使って,警察の無力を訴える広告を打つ。名指しで批判された署長(ウディ・ハレルソン)はガンに冒され余命宣告をされていることを彼女に告げ,広告を止めるよう申し出るが,ミルドレッドは「そんなことは街中が知っている。こんなことをしている暇があるなら早く犯人を捕まえろ」と相手にしない。手がかりがないまま署長の病気は進行し,やがて彼はひとつの決断を下すに至る。
少女(犯行現場の草の焼けた跡),看板,そして警察署。3つのシークエンスで燃えさかる炎が物語を加速させ,激情に駆られて暴走する登場人物たちを,新旧二人の警察署長が身を挺して収めようとする物語の大きな構図は,人を惹きつける脚本の見本のようだ。「怒りが怒りを来す」というミルドレッドの前夫の恋人が語る文法滅茶苦茶な言葉が,登場人物それぞれが抱える怒りのエネルギーを奇妙に言い当ててしまうのも笑える。絶妙な間合いで見事に締め括るラストに象徴されるように,憎しみによってもたらされる分断から始まって,小さなフックからやがて人々が繋がっていく過程を捉えた物語は,既に犯罪映画のマスターピースの域にまで達しているように見える。

「ファーゴ」の警察署長役でオスカーを受けたマクドーマンドは,今度は署長と対峙する役で二度目の戴冠となるかもしれない。彼女の実生活の夫であるジョエル・コーエン作品の常連,カーター・バーウェルが奏でる音楽(ザ・バンドの名曲「The Night They Drove Old Dixie Down」のジョーン・バエズ・バージョン!)も熱く不穏なミズーリの空気を妖しく震わせる。「ファーゴ」に匹敵する傑作に,どうか作品賞を。
★★★★★
(★★★★★が最高)
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