子供はかまってくれない

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映画「ファーザー」:待ち受ける静かな混乱を受け止めるために

2021年06月20日 11時30分35秒 | 映画(新作レヴュー)
今年のアカデミー賞において通常の受賞順番を変えて最後に発表された主演男優賞で,会場の多くが期待したであろう今は亡きチャドウィック・ボーズマンを抑えて,アンソニー・ホプキンスが戴冠の栄誉に浴したことは,セレモニーの裏方さえもが最後まで受賞者を知らされない,というルールが徹底されているらしいことを,はからずも炙り出した。人種やジェンダー・ギャップへの批判に対するレスポンスも含めて,さすがはアカデミー賞,というパブリシティが打ち出された結果となったが,「ファーザー」におけるホプキンスの演技が,賞に相応しいものだったことは確かだ。同様に,グレン・クローズの受賞が期待された年に,後方一気きっちりと差し切って主演女優賞を獲得したオリヴィア・コールマンが娘役というのも,まるでオスカーのセレモニーまでもを含めたひとつの大がかりなショーのようだった。映画は実に地味で落ち着いたトーンであったけれど。

ロンドンでひとり暮らしを送るアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は,訪れた娘のアン(オリヴィア・コールマン)から恋人とパリに行くと告げられ動揺する。ところがその恋人であるはずの男は,既に娘の夫となって10年も経つと言うし,そう父に告げた娘は,次に家を訪れた際には会ったこともない別の人間にしか見えなくなっている。そんな混乱に拍車をかけるように,とても大切にしてきた腕時計が見当たらない。アンよりもお気に入りだったもうひとりの娘はどうしたのか。自分の城だったこの家は,一体どうなってしまったのか。

フローリアン・ゼレールによる戯曲を自らが映画化した作品は,まるで映画ならではの工夫によって成り立っているように見えるほど,映像作品として一級品の仕上がりを見せる。
映像化に際して,認知能力の衰えによる混乱を主観に据えたカメラではなく,客観的な視点で捉えるという手法によって,観客がアンソニーの混乱をよりダイレクトに体感出来るかどうかは一つの賭けだったはずだ。「ゴースト・ストーリーズ英国幽霊奇談」にもよく似た,最終盤のシークエンスで全てを回収していくという物語のフレームワークもさることながら,二人の卓越した演技に加え,新たな介護人として加わるイモジェン・プーツの溌剌とした若さと美しさが,アンソニーの老いの対極にあるものとして輝くことにより,物語は重層的な厚みを獲得している。

誰もが通る道,と一口に言うけれども,未知の世界の入り口で戦く私にとって,とても力強いガイドブックとなるような作品。取り囲む人々があんな風に優しいプロフェッショナルであるかどうかもまた一つの賭けではあるけれども。
★★★★
(★★★★★が最高)


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