子供はかまってくれない

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映画「アメリカン・ユートピア」:世界を観察して理解する年輩の白人男性が成し遂げた偉業

2021年06月05日 18時38分22秒 | 映画(新作レヴュー)
今は亡きジョナサン・デミが遺した作品の中で,最も有名で評価も高い作品はと言えば,真っ先に「羊たちの沈黙」の名が挙がるだろう。アンソニー・ホプキンスによるハンニバル・レクター博士の見事な造形もあって,歴史に残るスリラーであることは間違いないのだが,トーキング・ヘッズと組んで作り上げた「ストップ・メイキング・センス」の尖った映像もまた,数ある音楽ドキュメントの中で今もなお孤高の輝きを放っている,という主張に異論を差し挟む人は少ないはずだ。その後自ら「トゥルー・ストーリー」を監督として撮り上げるなど,映像にも深くコミットしてきたヘッズのリーダー,デヴィッド・バーンが,ソロ・プロジェクトであるブロードウェイのショー「アメリカン・ユートピア」のステージの映像化を託したのは,スパイク・リーだった。同名のアルバムの曲にヘッズ時代の名曲を織り交ぜ,ショーのタイトルを時に反語的に,時にストレートな希望の象徴として使いながら,歌って踊る「年輩の白人男性」の姿は,涙を誘われるほどに感動的だ。

さほど広くない,10mスクエアくらいのステージでワイヤレスの楽器を演奏し,歌い,踊るメンバーはバーンを含めて12人。最初にバーンが出てきた時にテーブルと脳の模型が使われる以外は,一切小道具はなし。唯一の工夫はステージの三方をビーズのようなすだれで囲っていることだけで,メンバーも最後まで同じスーツ姿。「ストップ〜」に出てきた巨大なスーツもなし。あとはバーンのコミカルなMCを挟んで,主に個人と社会のつながりをテーマにした歌が次々と演奏されるだけなのだが,12人全員が身体を使って表現することで,歌詞に豊かなニュアンスが加わり,一般的なロック・コンサートでは味わえないエレガントな律動が観客を金縛りにする。

象徴的なのは「Everybody's Coming to My House」を演奏する前のバーンのMCだ。「高校の合唱部に歌って貰ったら,お客に「早く帰って欲しい」と歌う自分のニュアンスと全然違って,みんなが集まって楽しい,という歌になってしまったんだ」というコメントと,会場で大統領選挙の選挙人登録を,という訴え,そして「この国は移民がいなきゃね。僕も含めて」というアピールには,ユートピアは夢なんかではないはず,という前向きな姿勢と希望が込められていて心を揺さぶられる。エンターテインメントも政治も,生きることに繋がっているという意味で,同じ地平にあるものなのだ。

それにしてもバーンの元気な姿は,驚異的だ。「年輩の白人男性」という呼び名は,迫害の犠牲となった黒人を題材にしたジャネール・モネイの曲を歌ってよいかと彼女に許可を尋ねた際に,バーンが自分のことを表現したものだが,36年という歳月を経てパワーアップした「I Zimbra」を聴けるとは思わなかった。号泣必至の名作だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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