子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「バビロン」:反吐と糞尿と欲望にまみれたハリウッドを再現することの意味

2023年02月19日 21時37分31秒 | 映画(新作レヴュー)
デイミアン・チャゼル監督の作品をサッカーに喩えるならば,デビュー作の「セッション」と第3作目の「ファースト・マン」は全編に亘ってテンションをほぼ均一に保ったプレッシング・サッカーを繰り広げる玄人向けのゲームで,大ヒットを飛ばした第2作の「ラ・ラ・ランド」は試合開始直後に爆発的なプレスをかけ,相手が息つく間もなく得点を奪い,後はその勢いを利用して90分間近くの時間を上手に費消する試合だった,という印象が強い。そんな先入観で色分けすると,チャゼルの最新作「バビロン」は紛れもなく「ラ・ラ・ランド」組に編入されるだろう。けれども「ラ・ラ・ランド」の冒頭で繰り広げられたハイウェイ上のモブ・ダンスが発散していた開放感とは真逆の,本作のパーティー会場に充満していたドラッグとアルコールとセックスが醸し出す閉塞感が,ゴールを奪ったとジャッジする観客は,そう多くはないかもしれない。しかも試合時間はサッカーの倍の180分超だったし。

黎明期のハリウッド。しかも象が出てくるらしい,という情報から,観る前はD.W.グリフィスの「イントレランス」の制作現場の話なのか,と思っていた。実際,ラストの映画史を俯瞰するフッテージの中に同作のものらしきショットが見えたので,方向性は当たらずとも遠からずだったのかもしれないし,そもそも常識外れの大きなセットを組んだものの制作費の回収も覚束ない,という興行状況まで(結果的にだが)酷似している。
そんな本作は,映画がサイレントからトーキーへ,ストーリーもお伽噺からリアリズムへと移り変わっていく時代のハリウッドを描いた,まさに本作でも直接引用されている「雨に唄えば」の焼き直し版だ。しかも狂言回し役マニーの映画愛と若かりし頃への追慕,というモチーフは「ニュー・シネマ・パラダイス」や近作の「エンドロールのつづき」でも描かれた,言ってみれば「手垢の付いたノスタルジー物語」の大芝居バージョンといった趣き。
加えてやり過ぎな描写,特にマーゴット・ロビー演じるヒロインのネリーが,ハイソが揃ったパーティー会場で大量のゲロを吐くシーンの不自然さは,過剰な描写以上に救いがたいものがあったし,主人公のジャック(ブラッド・ピット)の自殺のプロットも陳腐としか言いようがない。

けれどもそんな決して少なくない瑕疵が気になりこそすれ,3時間を越える上映時間中,退屈して時間を確かめたくなるような瞬間は一度も訪れなかった。チャゼルに脚本家としての修業が必要なことは明白なれど,大量の人と金を動かす胆力は確実に備わってきていることが,腐臭漂う画面から伝わってくる。涙も笑いも感動もないけれど,ひと時,歯の痛みを忘れさせてくれる見世物としての推薦はできる。それこそが映画なのかもしれない,と思ったところで★をひとつ追加。
★★★★
(★★★★★が最高)


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