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映画「ヤング・アダルト・ニューヨーク」:痛くて悪いか,という開き直りに一票

真面目に生きているのに,何故だか世間との間に微妙なズレが生じてしまい,それを埋めようとすればするほど,傍から見たら滑稽な踊りを踊っているように見えてしまう。
劇中でナオミ・ワッツが演じるコーネリアが,若者だらけのダンス教室で調子っぱずれのヒップホップダンスにチャレンジする抱腹絶倒のシーンに象徴される,「痛い」んだけれども時代に取り残されまいと懸命に生きる中年の姿が全編に亘って繰り広げられる。「ヤング・アダルト・ニューヨーク」は,登場人物のキャラクターや設定だけに留まらず,会話の妙やテンポにも「ポスト・ウディ・アレン」という空気を感じさせるノア・バームバックの新作だ。

主人公である,いつまでたっても作品を完成させられないドキュメンタリー作家ジョシュ(ベン・スティーラー)とコーネリアという40代後半のカップルに,同年代で初めて子供を授かったカップルと,VHSテープやLPレコードといった今の時代からすると「ガジェット」にしか見えないアナログ文化を愛する20代のカップルという二つの異なる生き方を対置させることに加え,社会的な評価という座標の原点としてコーネリアの父親で偉大な実績を残した作家を登場させることで,バームバックはドラマを都会のインテリの悩みという枠を超えて普遍化・立体化させることに成功している。

自分の理想と現実との間に横たわる距離を見誤っていることに気付きつつも夢を諦めきれない中年,というキャラクターの造形がアレンを連想させる一方で,成功へのアプローチをしたたかにデザインする若者に食い物にされながら,それでも生き方を変えられないことに開き直るという展開には,アレン作品とはひと味違う生々しさも漂う。
成功を掴むためには人生そのものを演出することも必要と割り切るジェイミー(アダム・ドライヴァー)の自信に満ちた生き方に振り回されるジョシュの苦悩は,フリーの芸術分野に限らず,かつてジェネレーションXと呼ばれた世代が更にその下のジェネレーションに翻弄される時代の到来を告げて,組織人にもとっても実にリアルだ。

エスタブリッシュメントの象徴として登場する作家役が,かつて「卒業」の主人公が中年になってもまだ迷い続けている姿を描いた,と言われたエレイン・メイの佳作「ふたり自身」で主人公を演じていたチャールズ・グローディンというのも実に気の利いたキャスティングだった。
果たしてジョシュの10年後は,どんな風になっているのだろうか。少なくとも今撮っている作品だけは,完成していると良いのだけれど。
★★★★
(★★★★★が最高)
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