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映画「83歳のやさしいスパイ」:突然訪れたモテキに戸惑う007

現代に生きる人間は,80代に突入しても最新のテクノロジーに付いていかなくてはならない。iPhoneの機能を使って音声メッセージを録音し,雇い主である探偵事務所のボスに送る。メガネやボールペンに仕込んだカメラで虐待の様子を撮影する。けれども本作の主人公であるセルヒオは,そんな負荷がかかることをものともせず,と言うかむしろ新たなミッションを喜んで受け容れながら,ほぼ女性ばかりの「楽園」と呼んで良いのかどうかも分からない老人ホームの中を探り回り,「家族」や「孤独」や「運命」といった人生の真相を探り当てる。83歳で突然ちょっと動きにキレを欠いたジェームズ・ボンドになってしまうなんて,人生,ほんとに分からない。

老人ホームに入居している母が虐待されている恐れがある。子供が抱いたそんな疑惑を調査するために,潜入捜査員として齢83歳の老人が雇われる。初めて触れるiPhoneとノートを手に,娘の心配を押しのけて,セルヒオは単身老人ホームに乗り込む。ところがそんな彼を待ち構えていたのは,「対象」と呼ぶ問題の女性だけではなかったのだった。

セルヒオが遭遇するピンチは,ジェームズ・ボンドもかくや,というものばかり。
最初に彼を「見初めた」ベルタは,男性と交際した経験はあったものの,身を捧げるのは運命の人と決めており,セルヒオこそがその人だと告白し,先日のコパ・アメリカを制したサッカーのアルゼンチン代表チームもかくやというプレスで迫ってくる。
品がよく,一見しっかりしているように見えるルビラは,面会に来ない家族のことが徐々に記憶が抜け落ちていっているようだ。
肝心の「標的」であるソニアは,人と距離を置きたがる性格のため,セルヒオの接近に対しても警戒を怠らない。
そんな中,とうに亡くなっている母の振りをして職員がかけてくる電話を,本当の母からだと信じているマルタには盗癖がある,という証拠を,図らずもセルヒオは掴んでしまう。

虐待を疑われているホームが撮影を許可するはずもなく,一見モキュメンタリーかと見紛う作りなのだが,最終的に虐待を含めた不祥事が存在しない,という結論が出されたことから振り返ってみると,おそらく本当の「実録」なのだろう。「捜査」の過程から見えてくる人生の断片は,どれもが紛う方なき真実の輝きを放つ。良いも悪いもない。それぞれの長い人生の結末を受け容れた末にセルヒオが,決然とホームを去る姿には,ある種のスペクタクルが宿っている。捜査結果を丁寧に綴ったセルヒオのノートの文字が,いつまでも心に残る。
★★★
(★★★★★が最高)
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