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映画「インヒアレント・ヴァイス」:今のPTAなら「重力の虹」も行けちゃうのでは?

失踪した愛人を探して欲しい。冴えない私立探偵の元に舞い込んだ依頼は,別れた恋人からのものだった。何やらレイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」を想起させる出だしながら,サスペンスは一向に盛り上がらず,ひたすら大勢の人間がスクリーンを出たり入ったり。何より主役の探偵(ホアキン・フェニックス)が,マリファナの霞の中から起き出したばかりという風情で,フィリップ・マーロウの小間使いも務まらないような足元のまま右往左往するだけ。
クライム・スリラーとしての評価なら,間違いなく落第点の作品ながら,70年代のカリフォルニアに棲息する得体の知れない登場人物から滲み出る,人間の愚かしさと可笑しさをマリファナの香りごと再現しようという試み,という観点で捉えたならば,ほぼ完璧に近い出来映えと言える。

アメリカ文学界における伝説の人物一人,トマス・ピンチョンが初めて自作の映像化を許可した作品ということだが,私がこれまでに読んだただ一つのピンチョン作品「重力の虹」のアウトラインを思い出しただけでも,常識的な一定の時間内に「あらすじ」と要約できるような物語として再現する努力と,そこから得られるであろう成果を天秤に掛けて,それでも実現に挑むチャレンジ精神に富んだ作家は,本作のポール・トーマス=アンダーソン(PTA)をおいて他にはいないだろう。
案の定,出来上がった作品は,ハープをつま弾きながら独自の世界を紡ぎ続ける歌姫,ジョアンナ・ニューサムをナレーターに起用するという驚愕のアイデアから,CANの曲をほぼフルバージョンで使うというPTAの盟友ジョニー・グリンウッド(レディオヘッド)のヒッピーも驚く選曲や,「ザ・マスター」に続いて起用されたホアキンの渾身の脱力演技,そして何よりピンチョンの原作を独自の香りを脱臭することなく149分という一応は常識的な上映時間内に収めてみせたPTAの力業が冴え渡った傑作となった。

チョコバナナを舐め続けるジョシュ・ブローリンの怪演に比べると,ベニチオ・デル=トロの存在感が薄いことや,どうせなら若手のキャサリン・ウォーターストーンに負けじとリース・ウィザースプーンも潔く脱いでくれたら,という希望が叶えられなかったこと,更にはジョアンナの歌声が聴けなかったことなど,些細な不満を積算した結果,☆ひとつ減点したが,望み得る現代最高のカップリングが実現した僥倖と,こんな作品をシネコンで鑑賞できた奇跡に感謝したい。まさに本作との出会いが,今年のGWが「ゴールデン」な理由の一つ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
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