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映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」:迫力と気品と茶目っ気を兼ね備えた70歳に涙する

2015年12月12日 12時47分37秒 | 映画(新作レヴュー)
ヘレン・ミレンの当たり役は?と問われたら,一般的にはアカデミー賞主演女優賞に輝いた「クイーン」でのエリザベス2世役ということになるのだろうが,私にとってのヘレンは何と言ってもピーター・グリーナウェイのおぞましい傑作「コックと泥棒,その妻と愛人」で,想像を絶する復讐を成し遂げる泥棒の妻役だ。愛人との密会シーンでの艶めかしさと,気品を保ちながら夫に対して行った残虐な行為とのギャップは,その後彼女が出演した数多くの作品群を観た時にも,常に脳裏に付きまとってきた。本作も,自分が信じたことを貫き通す芯の強さと,それを包み込む柔らかな気品が同居する70歳を眺めるだけでも劇場に足を運ぶ価値はある,と断言する。

話は一口に言えば,現代版の「ミケランジェロ・プロジェクト」だ。戦時中にナチスの略奪に遭ったクリムトの名画「黄金のアデーレ」を,モデルとなったアデーレの姪で今は米国に住むマリア(ヘレン・ミレン)が,現在の所有者であるオーストリア政府から取り戻そうと決意し,孫のような年格好の弁護士ランディ(ライアン・レイノルズ)と凸凹コンビを結成して,辛く悲しい思い出しかないウィーンへと乗り込んでいく。

ジョージ・クルーニーの「ミケランジェロ~」が大物俳優をずらりと並べながら,起伏のない薄っぺらな紙芝居に終わってしまった一方で,「黄金のアデーレ」は同じく実話に基づく制約の多い物語でありながら,遥かに豊かで感動的な展開で観客をマリア=ランディチームの応援団にしてしまう。アレクシ・ケイ=キャンベルの脚本は,戦争がもたらす悲劇とそれに屈せず立ち上がるマリアの逞しい姿を縦糸に,当初は必ずしもこの仕事に乗り気ではなかったランディ(なんとシェーンベルクの孫!)がウィーンで祖先の歩んだ苦難の道程に触れることで変わっていく成長物語を横糸にして,力強くかつ滑らかに物語を組み立てる。「マリリン 7日間の恋」に続いて実話の映画化に取り組んだ監督のサイモン・カーティスは,マリアの周囲に裁判関係者を含む芸達者な大勢の脇役たちを配し,感動的なクライマックスに向けて周到にドラマを進める。前作からは想像も出来ない手練れの業だ。

ミレンが描き出す失った家族への強い愛情と気品に加えて,70歳を迎えてなおこぼれ落ちる慎ましやかな色気が見事だ。そしてそんなミレンに引っ張られるように全編を覆う洒落っ気が何より輝いている。
最高裁で判事が「もしオーストリアが絵を返還したら,日本とも紛争になるそうだよ」と被告側の大げさな物言いをたしなめるシーンも楽しかったが,審理が始まる前に,マリアがランディにキャンディを勧めるシーンでは腹を抱えて笑ってしまった。「アメちゃん」おばちゃんは万国共通だったのだ!お見事!
★★★★★
(★★★★★が最高)


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