子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」:抑えた筆致で語られるグレイゾーンのビジネス最前線

2015年12月05日 12時41分58秒 | 映画(新作レヴュー)
1981年。アメリカがヴェトナム戦争の痛手から長い年月をかけてようやく立ち直り,やがて来るIT産業勃興期の胎動が微かに聞こえ始めた頃,暴力の影がニューヨークの通りを覆い,成功を夢見る若者は見えない敵に翻弄されていた。
監督のJ・C・チャンダーが,自分の親族が手掛けていた事業と,当時耳にしていた犯罪とを結びつけて創り上げたオリジナルな物語は,今までに見たことのないダークで複雑な様相を呈したビジネス・ストーリーとなって我々の前に現れた。

渋い。
仄かな光の下,中間色のグラデーションを描き分けることを主眼にしたカメラが,追い詰められた夫婦が刻む苦悩の皺をくっきりと切り取る。
オスカー・アイザックとジェシカ・チャスティンという当代きってのテクニシャンは,自分たちが埠頭の端まで追い詰められていることを知りつつ,各々の信条を極限まで貫き通す危険なパートナーシップを鮮やかに創り上げている。
評判となった「オール・イズ・ロスト~最後の手紙~」を未見のため,監督作を観るのはこれが初めてとなるJ・C・チャンダーは,裏社会と薄皮一枚でつながったビジネスに翻弄される人間たちの苦悩をサスペンス溢れる筆致で描き出し,観客を強い力でグリップして「最も暴力的な年」に連れ去る。

冒頭で主人公のアベル(オスカー・アイザック)が港湾地区をジョギングとは言えない,長距離専門のアスリートのようなスピードで駆け抜ける姿が映し出される。クライマックス近くで,とうとうオイル泥棒を見つけて,必死に追いかけるシークエンスで,このシーンが生きる。成功を追い求める自分の行く手を阻もうとする敵を追いかけるアベルの姿は,どんなに苦しくとも全力で走りきることしかゴールに辿り着く方法はないと知っている人間の強さを描出して見事だ。

その一方で,物語の核となる,強奪犯に暴力を振るわれ車を奪われたが故に自衛のため拳銃を所持するようになり,最後には悲劇的な結末を迎える運転手のエピソードについては納得がいかなかった。
二度目の犯行に遭遇した際に,犯人からの「逃げろ」という呼びかけに応じてしまうのは,シチュエーションから言ってどう考えても不自然だ。
それ以外の展開や台詞回しは手練れの仕事という印象を受けただけに,一番大事な部分で画竜点睛を欠いてしまったことは返す返すも残念だ。
それでもこれが長編3作目ということが信じられないような,全体的な完成度の高さは驚きだ。邦題を最も体現しているのは,実は監督自身かもしれない。
★★★☆
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。