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映画「セールスマン」:アカデミー賞受賞で話題をさらった「悪の枢軸」産の良心作

2017年08月05日 11時55分40秒 | 映画(新作レヴュー)
15年前にジョージ・W・ブッシュ大統領が「悪の枢軸」と名指した国のひとつであるイランに対して,トランプ大統領が今年1月に発した事実上の「入国禁止」大統領令は,イラン国内の文化人に対しても大きな波紋を巻き起こした。今年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた「セールスマン」の監督であるアスガー・ファルハディは,その措置に対する抗議の意を表明して授賞式への出席を拒否した。結果的に,今年の外国語映画賞はこの「セールスマン」に与えられることが決まった(ファルハディ自身は二度目)が,投票にこうした一連の動きが影響したことは否定できないだろう。しかし反トランプ的なマインドを持つ大勢のアカデミー会員が,雪崩を打って同作に投票したことにより,結果的に「セールスマン」がフラットな評価を受けることが出来ず,心情的なかさ上げ分によって受賞したように見えてしまうことは,ファルハディにとってはかえって残念だったに違いない。

子供のいない夫婦の部屋に闖入者があり,妻が暴力を振るわれ気絶するという事件が起こる。学校の教師である夫は呼び鈴を鳴らした人間が誰かを確かめもせずに鍵を外した妻の行動をなじりながら,残されていたトラックから闖入者を探し続け,ついに真犯人に辿り着く。
ファルハディの最初のアカデミー賞外国語映画賞受賞作である「別離」と同様に,実際に起こった事実が果たしてどんなことだったのかを辿るサスペンスという体裁を取りながら,スポットライトは事件が主役の夫婦二人の心に与えた波紋に当てられる。取りわけ冒頭の隣人を助けるエピソードや学校でのユニークな授業風景から,都会的な自由を体現する善人として立ち現れた夫が,終盤に向かって次第に狭量な本性を剥き出しにしていく過程が,抑えた筆致ながら痛々しくもリアルに綴られていく部分には強いフックが存在している。

その一方でタイトルにも使われており,物語のペースメイカー的な役割を果たすかのように挿入されている「セールスマンの死」の舞台シーンは,高い世評ほどの効果は感じなかった。シリアスな展開ほど効いてくる,場を和ませるようなちょっとしたユーモアが殆どないことも,私の趣味とは大分異なる。その点では明らかにジャファール・パナヒ「人生タクシー」に分があるだろう。
とは言え,西川美和の「ゆれる」を想起させるような作品のフレームは,いかにもファルハディ作品らしいものであり,特に妻にとっては「見たくなかった」であろう,真相が明らかになった後のシークエンスの吸引力は,並の作品のクライマックスのレヴェルを遥かに超えている。トランプ大統領の評価を聞いてみたい。
★★★☆
(★★★★★が最高)


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