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映画「J・エドガー」:冴え渡るイーストウッド・ファミリーのプロダクション

「バード」に始まり,「ホワイトハンター ブラックハート」「チェンジリング」「インビクタス」等々,好んで実話や実在の人物をモチーフとして取り上げてきたクリント・イーストウッドの新作は,初代FBI長官のJ・エドガー=フーヴァーのクロニクルだった。

半世紀近くに亘って8人の大統領に仕え,現代アメリカの犯罪史を間近で目撃し,時にはその中の「登場人物」のひとりとして活躍してきたアメリカ史の生き証人フーヴァー。そんな彼の一生を,母(ジュディ・デンチ),そして常にフーヴァーの傍にいて彼を支えた副長官(「ソーシャル・ネットワーク」の双子役を演じたアーミー・ハマー)という二人の人間との愛憎半ばする関係を軸に,FBIの創立前夜から物語のクライマックスとなるリンドバーグ事件までを,時間軸を自由に操りながら,重厚なのに軽やかといういつものタッチで描いた傑作だ。

秀作「ミルク」の脚本家ダスティン・ランス・ブラックが紡いだ物語は,実証主義の野心家という歴史上の評価をなぞりつつ,純粋かつエキセントリックな愛国者としての側面と,マザー・コンプレックスと同性愛者であることをのし上がるバネにして生き抜いた男の哀しみを,見事なバランスで再現している。
イーストウッドはそんなシナリオを基に,美術のジェイムズ・J・ムラカミ,撮影のトム・スターン,そして編集のジョエル・コックスという,気心の知れたファミリーで固めたスタッフが全力で取り組んだプロダクションで,見事な画面を作り上げている。
一見じっくりと撮っているという印象がある割に,俳優の伸びやかな演技が印象的なイーストウッド作品だが,特に「チェンジリング」以降顕著な,落ち着いた深みのある色調は,フーヴァーの波乱万丈の人生を際立たせるための,もう一人の演技者のような役割を果たしている。

レオナルド・ディカプリオは,アカデミー賞の主演男優賞にはノミネートされなかったのが解せない程,素晴らしい。同様にファナティックなヒーロー,ハワード・ヒューズを演じたスコセッシの「アビエイター」の時とは比べ物にならないくらい抑制の利いた演技は,晩年のメイク顔がどこから見てもフィリップ・シーモア=ホフマンにそっくりだったことを除いて,彼のキャリア中最高と言って良い出来映えだ。
冒頭でフーヴァーの求婚を撥ね付け,以降ミューズとして彼を支えるナオミ・ワッツも「フェア・ゲーム」に続いて,いぶし銀のような美しさを振り撒いている。

制作する作品全てが保っているレヴェルの高さを,常に次作にも求める観客の期待を裏切らないクオリティ。凡人にとっては「言うは易く,行うは難し」と思われる仕事を,いとも簡単に成し遂げる翁にひれ伏す。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
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