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映画「恋人たち」:お腹一杯食べて,笑って生きていく。そんなシンプルなことの難しさ。

「ぐるりのこと。」から早7年。橋口亮輔監督の新作は公開後,キネマ旬報のベストテン第1位・監督賞・脚本賞,毎日映画コンクール日本映画大賞にヨコハマ映画祭監督賞をそれぞれ受賞し,まさに「絶賛の嵐」という言葉が相応しいような歓迎を受けている。
公開が年明けとなった札幌では,そういった高い評価を耳にしてからの鑑賞となったこともあり,公開初日の第1回目はほぼ満席。見たところ観客の年齢層も幅広く,インディペンデントな作品でありながら,前述した評価や戴冠実績がコアな映画ファン以外の観客を惹きつける力となったことは間違いない。周回遅れの公開は,早く観たいという観客を焦らすことにはなったものの,パブリシティという面からは予想以上の効果を挙げているようだ。

これまでの橋口作品の例に漏れず,肩に入った力は最初から最後まで抜けないまま,「生きること」に対する根源的な問いかけを投げかけられ続けて,2時間20分という上映時間は一気に過ぎ去っていく。
オーディションで選ばれたという主役3人のうち,篠原篤,成島瞳子の二人は,投げやりと執着との分水嶺で大きく左右に身体を揺らしながらも,最後は前に進んでいきたいという強い意志を漲らせた演技で,観客の襟元を鷲掴みにする。

その一方で,社会なんて理不尽なのが当たり前,それを踏み越えて生きる道を探り当てるのが人間の生きる道だ,とばかりに,イカサマ飲料を売りつけたり皇族になりすましたりする安藤玉恵の逞しさや,隻腕の理由が皇居を爆破するための爆弾作りだったと明かす篠原の同僚(黒田大輔)の人間的な温もりを,彼らの対面に配置した脚本も懐が深い。
篠原の国民健康保険証の発行をめぐって,窓口の職員(山中崇)が下す判断も,彼らを一方的に疎外しているように見える社会の側でも葛藤があるという証左として効いている。

だが主役3人の一人であるゲイの弁護士(池田良)に関するエピソードは,前述した二人のそれに比べると明らかに軽く,総体としてのバランスを欠いてしまっていた。ゲイとしてこれまでずっと持たれてきたであろう,そして好きだった親友の家族から現在持たれているいわれなき偏見に対して,高所からの軽蔑という武器で対抗しようとする彼の描写には,リアリティも訴求力のどちらもが不足している。
更に残念だったのは,作品のクライマックスが,彼ら3人が観客に向かってそれぞれの心情を一方的に吐露する「弁論大会」に堕してしまったことだ。篠原が橋脚を叩いた際に発生するはずの打診音が聞こえることなく,ただハンマーを振り下ろす姿だけがスクリーンに映し出されたような印象と言わざるを得ない。
滑らかに滑り出すボートから見える青空に明星/Akeboshiが生み出す力強いリズムがこだまするラストシーンが良かっただけに,モノローグではなくダイアローグに拘って欲しかったという悔いは強い。
★★★
(★★★★★が最高)
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