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映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」:タイ版「オーシャンズ11」というけれども

「ブンミおじさんの森」を監督したアピチャッポン・ウィーラセタクンに,我が北海道コンサドーレ札幌の絶対的エースと呼んでも良い存在となったチャナティップ・ソングラシン。私にとって急速に身近な存在となりつつあるタイ人の人名録に,また一人付け加えなくてはならない映画人が増えた。デビュー作が米アカデミー賞の外国語映画部門にタイ代表として選ばれたというナタウット・プーンピリヤは,この「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」の成功により,アン・リーに続いてハリウッドが三顧の礼を尽くして迎えるアジア人フィルム・メイカーになることはほぼ確実だ。

高校生のカンニング・テクニックをメイン・プロットに据えた作品と聞いて,もっとコメディタッチの明るい作品を想像したのだが,まったく違った。主人公リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)が金のために犯罪を犯すことに躊躇いを覚えながらも,一旦決断した後に見せるスタイリッシュな手口の描写は,緊張感だけを言えば本家「オーシャンズ11」を遥かにしのぐ。リンが仲間と交わす鋭い眼光と,2Bの鉛筆がマークシートを埋めていくショットは,並のアクション映画における銃撃戦を遥かに凌駕するものだ。

脚本は相当に粗い。最大のクライマックスで試験場を抜け出すリンを,果たして試験監督がまだ試験が行われている最中の会場を抜け出して駅のホーム端まで追いかけるだろうかという疑問が沸いてくるし,リンの父親が娘の行方を追って友達に詰め寄るプロットも説得力に欠ける。カンニングに荷担することを拒否していたバンクが,捕まった後に見せる心変わりも取って付けたような印象が強い。道徳的なラストにも賛否両論あるだろう。
それでも観終わった後に残るのは,若手俳優陣の堂々たる演技,リズミカルな編集にフィットした軽快な音楽,そして「小手先のギミック」というイメージが強いカンニングを,小さな教室から解放して時差を利用した国際犯罪にまで飛躍させたアイデア等々の複数の要素がもたらすスリリングな高揚感だ。作品の洗練度合いは皮肉にも,物語が成立する鍵となる富裕層の存在と併せて,グローバリズムの拡がりを再認識させる。

ひたすら可愛いグレース役のイッサヤー・ホースワン,もしこの作品がきっかけでファン・ビンビンのように売れたとしても,脱税で捕まったりしないでね。
★★★★
(★★★★★が最高)
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