子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「ビーチ・バム」:おじさんはポリティカル・コレクトネスなんぞで窒息しない

2021年05月30日 22時09分00秒 | 映画(新作レヴュー)
今は亡きシンガー・ソング・ライターのウォーレン・ジヴォンは,シニカルな作風で知られながらも終生西海岸から離れることはなく「陽光溢れる空の下,部屋のカーテンを降ろして暗い曲を書く」と言われたが,「ビーチ・バム」の主人公ムーンドッグ(マシュー・マコナヘイ)はひたすら明るい空とバカ騒ぎを背景にして,愛と孤独と絶望を詩にする。
ハーモニー・コリンの7年振りになるという新作は,吟遊詩人によるピカレスクものという,いかにも「コリンらしい」という予想を超えて熱く炎上している。フライヤーにある「楽しんで生きるのは,闘いだ。」というコピーは,伊達じゃない。

資産家の妻(アイラ・フィッシャー)の財力の下,フロリダで酒池肉林の生活を続けるムーンドッグは,娘の結婚式に遅参しては婿を貶し,事故で死んだ妻の邸宅が立ち入り禁止となったにも拘わらず,勝手に入り込んでどんちゃん騒ぎを繰り広げ,目が見えない老人パイロットの飛行機で海を渡り,最後には妻が残した全財産を銀行から現金で降ろして火を放つ。一時期「破天荒」をキャッチフレーズにして売り出したお笑い芸人がいたが,自分の行動に大仰な形容詞を冠したり,何かにタグ付けするなんて発想は,ムーンドッグからは最も遠いところにある。

自分が心からやりたいと思ったことをやる。一見簡単そうに見えながら,実は行き着くところまで行ってしまった高度資本主義社会の見えないタクトによって,サブリミナルなレベルでコントロールされてしまっている現代人を置き去りにして,ムーンドッグはギアをトップに入れて突き進む。そんな生き方からこぼれ落ちた言霊が,結果的に世間の評価を受けてもなんのその。絶対に凡人には真似出来ないそんな歩みが放つ輝きは,実は深いところで妻への愛が支えていたことを,札束を焼いた煙を見つめるムーンドッグの表情から読み取ったのだが,果たして真偽や如何に。

そんな「物語」をも拒否して疾走するムーンドッグの魂を受け止めることは難しいと判断されたのか,本国での公開から2年以上のタイムラグを挟んでの日本公開となったが,COVID-19禍はやはり厳しかったようだ。年齢を超越したマコナヘイの演技,はまっていただけに,マスコミのほぼ完璧な無視は残念至極。勿論,そんなことでムーンドッグ,めげたりはしないだろうけれど。
★★★★
(★★★★★が最高)


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