子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「アクロス・ザ・ユニバース」:ユニークなアイデアを凌駕する楽曲の力

2008年08月27日 22時16分45秒 | 映画(新作レヴュー)
全編にビートルズ・ナンバー33曲を使って,ベトナム戦争の泥沼にはまっていく60年代の米国を舞台に,イギリスからやって来た造船労働者のジュードと,戦争で恋人を失い反戦運動にのめり込んでいくルーシーの恋を,ミュージカル仕立てで描いたジュリー・テイモアの新作。
全ての歌を登場人物が歌い,歌の内容に沿って時にキャメラは空中へ飛翔し,海中へと沈降していく。史実と空想と歌の内容が,マリファナの中で境界を失って溶け合い,ノスタルジックに輝く様を捉えた映像は,原色を多用した万華鏡のように煌めく。ディズニーのヒット作「ライオン・キング」を歴史に残るミュージカルに置き換えた気鋭の演出家ジュリー・テイモアは,ビートルズという複雑なピースを,60年代の米国という巨大なパズルに填め込むことによって,紫煙の中で霞む混沌を,的確に描き出してみせた。

酒とマリファナを道連れに町を徘徊する若者,マスクを被った兵隊が担う国家権力,鮮血のような苺の果汁,そしてお互いの瞳に宿る想いを見つめ合う若い二人。
原曲を徹底的に聞き込んでから組み上げたと覚しきストーリーと,ミュージック・ヴィデオとの境界すれすれながら,どうにか「映画」の側に踏みとどまったように見える映像は,俳優陣の見事な歌唱にも支えられてしっかりと噛み合い,物語は力強く前に進んでいく。
特にサイケな時代の空気を再現するために何よりも重要だった色彩設計は,「アメリ」の撮影監督であるブリュノ・デルボネルが参加したことによって,ユニークかつ鮮やかな効果を挙げている。

ただ,そこは天下のビートルズ。どの曲も,持っているイメージが強烈であるが故に,歌詞をストレートに映像へと転換せざるを得なかったと思われるシーンが多く,聴き手のイメージを逆手にとって想像を超える展開を見せたのは,デトロイトの暴動事件に被さるゴスペル調の「Let It Be」と,U2のボノが胡散臭い平和主義者の「ドクター・ロバート」に扮して歌った「I Am The Walrus」くらいか。しかし舞台演出家らしく,まず人の動きを基調にして画面を組み立て,必要とあらばステージも可動式にして画面全体を動かしてしまえ,という絵作りから伝わってくる躍動感は,なかなか新鮮なものではあった。

選曲は,中期から後期にかけての時期(私が好きな「Rubber Soul」と「Revolver」あたり)がやや少ないかと思われたが,全体的には初期から後期まで,満遍なく採用されているような気がした。特に,「The Beatles (White Album) 」の曲が肝となるところで使われているような印象があったが,逆にこれは使われるだろう,と予想していながら外れてしまった曲も多い。特に,聴いただけで映像が浮かんでくるような,ストーリー性やイメージ喚起力の強い楽曲は,かえってこうした使い方に適合しないものも多かったのかもしれない。

ただ,映画を観終えた直後から私のiPodに入っているビートルズの140曲弱を聴き続けながら考えたことは,これまで彼らが公式に発表したと言われる210曲全てを使えば,このレヴェルとヴォリュームの作品が,少なくともあと5本は作れるということだった。
この鉱脈の,何と深く豊かなことよ。


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