今年三月に亡くなった、隣家に住む叔母の四十九日法要がありました。
参列者は、従弟(故人の長男)と私たち夫婦の三人のみ。
何とも寂しい人数ですが、最近の葬儀・法事はみな、新型コロナウィルスの影響により、このような感じなのだそうです。
本堂での読経のあと、住職から法話を頂戴しましたが、その中で「三密」というお話がありました。
「三密」といえば、今どきの避けるべき密である「密閉・密集・密接」を言うのかと思いきやさにあらず、元々は密教用語から来ているのだそうですね。
すなわち、「身密・手に諸尊の印契(印相)を結ぶ」、「口密(語密)・口に真言を読誦する」、「心密・心に曼荼羅の諸尊を観想する」の総称ということで、これでは何のことかよくわかりませんが、要するに毎日、
・仏壇に手を合わせ(身密)、
・お大師様の芳名を唱え(口密)、
・ご本尊の姿を心に思い描く
ことにより、日々穏やかな毎日を過ごすことができる、というような意でしょうか。
避けるべき「三密」と、日々大切にしたい「三密」のがある、ということのようですね。
参列者は、従弟(故人の長男)と私たち夫婦の三人のみ。
何とも寂しい人数ですが、最近の葬儀・法事はみな、新型コロナウィルスの影響により、このような感じなのだそうです。
本堂での読経のあと、住職から法話を頂戴しましたが、その中で「三密」というお話がありました。
「三密」といえば、今どきの避けるべき密である「密閉・密集・密接」を言うのかと思いきやさにあらず、元々は密教用語から来ているのだそうですね。
すなわち、「身密・手に諸尊の印契(印相)を結ぶ」、「口密(語密)・口に真言を読誦する」、「心密・心に曼荼羅の諸尊を観想する」の総称ということで、これでは何のことかよくわかりませんが、要するに毎日、
・仏壇に手を合わせ(身密)、
・お大師様の芳名を唱え(口密)、
・ご本尊の姿を心に思い描く
ことにより、日々穏やかな毎日を過ごすことができる、というような意でしょうか。
避けるべき「三密」と、日々大切にしたい「三密」のがある、ということのようですね。