峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

since 2005

変化

2008年11月12日 | 暮らし
ジャーナリズムの良心・筑紫哲也さんが逝【い】った。

アメリカでは大統領選が終わり、アメリカの新しい歴史が始まろうとしている。

日本では、漫画を読まなきゃ時代が分からないと、居酒屋で学生相手に総理大臣が説き、自衛隊のトップが日本の侵略行為を誰はばかることなく堂々と正当化し、政府与党は、国民の貴重な税金を使い「給付金」という名の空前絶後の選挙買収をやろうとしている。
そんなこんなのおかげで、自民党政治とおさらばできることがほとんど確定的となった。

世界が、日本がめまぐるしく変化している。

私の暮らす佐々町は、佐世保市との合併か、それとも単独でいくのかで揺れている。
4日南部体育館、5日北部体育館、9日文化会館と町は合併問題に関する住民説明会を3回開いた。
私は、9日・日曜日午後6時から文化会館開かれた説明会に出かけた。
町長の説明に野次や怒号が飛び交う。私は必死に失望と戦っていた。

翌月曜日、昨夜の説明会について親しい町内会長さんや財政課長と意見交換する。

火曜日午前9時半、町内会の女性用トイレ改修に先立ち、総務課担当職員と施行業者と現場で会い打ち合わせを行う。
帰宅すると町内会連合会長から電話が入り、12月4日に開く町内会長会について相談したいということで、もう1人の副会長宅で落ち合うことに。
結局、話し合いは昼まで続いた。話は合併問題に終始した。

昼食後、役場から届けられている県民手帳を注文した方に届ける。また、きょう集会所で開かれた囲碁クラブの活動助成金を世話役の方に届ける。さらに、地域デイサービスのボランティア費用をメンバーの中心の方に届ける。
いいウォーキングだ。

午後3時に保護観察中の神田さんが来訪予定だったが姿を見せなかった。

午後4時半から6時まで小学生の授業。

午後7時から10時まで中学生の授業。
現在、定員を満たしている。授業中の3時間、気を抜く暇がない。前日、せっかく入会希望の電話をいただいたがお断りせざるを得なかった。この十数年来、生徒募集の広告をしたことがない。しかし、塾生の兄弟姉妹を続いてよこしてくださったり、ご紹介をいただいたりしている。有難いことだ。

教室に入って間もなく、親しくさせていただいている町内会長さんから電話が入る。仲間と飲んでいるとのことで、仕事が終わったら出かけて来いとのお誘いだった。
午後10時、女房どのに車で送ってもらう。
女房どのも今週金曜日の研究授業を控え、帰宅は午後7時過ぎの毎日。帰宅後もずっとパソコンに向かっている。

会合は当然、合併問題についての意見交換。帰宅は午前2時半になった。女房どのの身体を気遣い歩いて帰った。

私の立場は佐々町単独運営だ。その時がきたら堂々と行動するつもりでいる。

今日は集会所で囲碁クラブの例会が行われるため朝8時半に集会所に出向いた。

昨日に続き、抜けるような青空だ。洗濯物がよく乾く。
あれこれしているうちにすぐお昼。
昼食をとり、ゆっくるする間もなく午後1時半からの民生児童委員会の定例会に出かけた。午後3時半終了。来月は定例会の後が忘年会だ。日中、家で動いているときはまだTシャツに短パンだが、もう、そんな季節になっている。

定例会の後、このところ気になっていた来年用の日記帳を求めるため相浦の本屋へと走った。

本屋から帰宅して後、家中の窓を開放し大急ぎで掃除機をかける。2階の教室の窓は朝から開放したままだったが室温は19度あった。

そうして再び午後7時からの授業を始めた。

これは、授業が終わった後の午後10時を過ぎてから記している。
こうして記した通り、このところ心身共に余裕のない毎日を過ごしている。しばらく、ここに記さない日が続いたが、あるとき「まぁ、いいか」と授業が終わった後、すぐに晩酌【ばんしゃく】をいただいた。と、それがとても楽だというのが分かった。
思えば、穴をあけないようにとピンと張り詰めた気持ちでいたのだろう。その張り詰めた糸が切れてふわふわ漂う心地よさをしばらく楽しんでいた。
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